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24.4月チェロレッスン①:ちょっとしんどい時期。

レッスンを行うビルのエレベーターが改装工事中だった。
仕方がないので、チェロを背負って階段で5階まで上がる。

レッスン室に入ると、
「階段、大変だったろう。」
と先生が労ってくれた。

「いいえ。貧血治ったから、楽勝ですよ♪」

しまった。口が滑った。
案の定、先生の表情が険しくなった。

「なに、お前また貧血になってたの?」

幼少期からの栄養不足が祟って、私は栄養の吸収が悪い体質である。
チェロ先生にお世話になるきっかけになったのは、レッスン中に貧血で倒れて救急搬送されてからだ。

「ヘモグロビン、今回はいくつだったの。」
「…8。」(12g/d L以下で貧血)
「ちゃんと寝ないし食べないから、そんなことになるんだ。」
レッスン前からお説教モードになってしまった…。
「ちゃんと治しましたから。許してください。」
「なるべく、規則正しい生活をするようにしなさい。」
「はい…努力します。」

           ★

今回のレッスンから、バッハ無伴奏5番プレリュードを全部通して弾く練習である。

ウォーミングアップ後、先生が自身の楽譜を広げて「弾くの、いつでもいいよ。」と言う。

先生の前で序奏を弾くのは、数ヶ月ぶりだ。
緊張する。まぁ、練習したこと以上のことはできないけれど。
どうにか最後まで弾き切った。

「うん。弾けたね。」と言う先生。
これまで取り出し練習しかしていなかったから、先生にしても私が1曲としてきちんと弾けるのか、ちょっと心配していたようだ。

ココからは、細かい注意点を指摘される。

「79小節から87小節。もっと美しく弾けないかなぁ。音が濁らないように。」

先生がお手本を弾いてくれる。
なるほど、キラキラしている。どうしても左手の弦を押さえる指を気にしてしまいがちだが、アーティキュレーションは右手が大事なことを教わる。

真似すると、ちょっと先生の音に近づいた。

「そう。それだよ。次、129小節。Desの位置。Dに聴こえる。中指にくっつけるようにしてDesを取って。」
なかなか難しい指の位置だ。

「後半は先日までレッスンしていたから良いよ。やっぱり課題は序奏だなぁ。」

言われると思った。

「自分で弾いていても良くないって思うんですけど。何が良くないのか、わかりません。」
正直に言った。

先生は一つ頷くと言った。
「もっとゆったり、壮大なイメージで弾いて欲しいんだよ。お前のは急ぎすぎ。
スケール的なメロディの部分で弓が足りなくなるのを警戒してるだろう?だから忙しい演奏になるんだ。弓使い考えて弾きなさい。スケール部分は弓先から弾くこと。

それから。付点八分音符。短すぎ。次の付点十六分音符を短く取るなら、付点八分音符はもっと音を伸ばさないと。」

珍しく先生がお手本を1ページ分全部弾いてくれた。
その音一つ一つを頭の中に刻む。
私のと、全然違う。
「違いがわかった?」
私、大きく頷く。
「よくわかりました。」
家でやってみよう。

            ★

「先日は、ゴルターマンのノクターンの楽譜、ありがとうございました。」
私は5月にオケのチェロ仲間と四重奏を演奏する予定だ。

はいはい、と先生。
「チェロ四重奏と言えば。夜はダビット・フンクって知ってる?」

…知らない。

「フンクの“組曲”という曲があってね。
ボクはベルリンフィルの12人のチェリストの公演で初めて聴いたんだけど。」

ドイツ留学時代の頃のことだろう。

「とても綺麗なチェロ四重奏だった。早速ボクのチェロ仲間でやってみようということで楽譜を取り寄せたら、元々はヴィオラ・ダ・ガンバの曲だったよ。チェロ版に書き直したのを演奏してたんだね。」

「へー。ガンバの四重奏。センセはガンバできるんですか?」
先生、苦笑いする。
「向こうの音楽院ではガンバが必須科目でね。やったよ。でも、ボクは苦手。
ガンバって、アルト記号の楽譜なんだよ。弦は6本、チェロは5度調弦だけど、ガンバは4度。音域はチェロに似てるけど、弾き方は別物だよ。」

へー。見たことがない。

「フンクの組曲、ガンバもチェロもネットに音源があると思うから、聴いてみて。とても美しいよ。」

はい。聴いてみます。

「私、ドイツ行ったことないんですよ。住みやすいですか?」

先生、大きく頷く。
「ドイツ、オススメだよ。
住んでみると、几帳面さとか真面目さとか人情に厚いところとか、日本と似てるなぁって感じたよ。メトロもダイヤ通りに走るしね。食べ物も美味しい。
ミュンヘン辺りの人々は身長そんなに大きくないんだよ。夜くらいの人も結構いるよ。なんだか親しみが湧くよね。」

そう話す先生、楽しそうだ。

「いいですね。ぜひ行ってみたいな。センセに案内してもらいたいな。」

と私が言ったら、先生、真顔になった。
「そういう日はいつ訪れるの。
最近のお前はちっとも楽しそうじゃないね。いつも疲れてるみたいだし。仕事に追われすぎだよ。」

先生の言う通りだ。

「…わかってはいるのですが。
もちろん仕事を効率よく進める方法は考えているんですよ。でも、なかなか思うようにいきません。」

仕事の上司とチームスタッフのメンバーが少し変わって、緊張状態が続いている。仕事を進めるための擦り合わせに時間がかかる。私の選択が間違っているのではないかと、自分自身に疑心暗鬼になる。
チェロの練習時間が確保できない。当然レッスン曲、オケ曲がままならない。オケメンバーに迷惑をかけていると気になる。

要するに、気持ちが落ち込んでいる。

「一時的に辛くなっているだけです。波に乗れば元気になりますから。」

「そう?早く楽しくチェロを弾けるようになるといいなぁ。」

果たしてそんな日が訪れるのだろうかと思うほど、今は先が見えない。
今はじっと辛抱して、嵐が過ぎ去るのを待とうと思う。





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