文庫君鉄オビあり

【70】君と夏が、鉄塔の上



 それらが近付くにつれ、黒い塊が何であるのか、だんだんとハッキリしてきた。

 まず初めに、冷蔵庫が目に入った。萌黄色をした古ぼけた冷蔵庫だ。その後ろには赤茶けた郵便ポストがあり、さらに後ろにはこげ茶色をした大きな箪笥が追従している。

 それは列だった。

 様々な物の列だ。

 車や自転車、何本もの電柱や電話ボックス、古ぼけた人形やおもちゃといった様々な物が、まるで行進するかのように列を成している。

 歩けるような構造ではないはずだけれど、一歩、一歩、すべての物が同じ歩調で進んで来る。その列を先導するように、兎のお面を付けた男が歩いているのだ。

 お面の男も様々な物たちも、鉄塔の頭頂部を越える瞬間にぴょんと飛び上がり、一旦頭頂部に着地すると、再び次の送電線に柔らかに着地し、延々とこちらに向かって歩を進める。

「パレード……?」

 帆月が呟いた。

 僕には、それが葬列に感じられた。

 列は三十メートルほど続いていて、腰のあたりが少し折れている道路標識が列の最後尾だった。

 最後尾から少し距離を取るようにして、再び違う列がこちらに向かってやって来ている。先頭にはやはり、お面を付けた浴衣姿の男が歩いていた。

 そのずっと後方にも列が続いていて、いくつもの列が京北線の流れを歩いているようだった。

「電線の上を伝ってる?」

「電線が、道みたいになってるんだ」

 お面の男の足元、右の電線と左の電線の間がぼんやりと光っていて、まるで電線の間に薄い板が乗っているようだ。塊はその上を通って来ているらしい。

 その光の板は、お面の男が歩を進めるよりも少し速く幅を伸ばし、お面の男や、その後方の列のために道を作っているようだった。

 やがて、お面の男が95号鉄塔に辿り着く。僕はあの神社で彼らに追いかけられたことを思い出し、いったいどうなるのだろうと緊張した。それは帆月も同じようで、僕の手を握るその指に力が入る。

 僕らは見下ろすような形でお面の男と対峙した。

 男は、帆月と僕にチラと顔を向けた後、椚彦に視線を送る。椚彦は男の視線など意に介さずといった体で、夢中で水羊羹を食べている。男もまた、言葉を発さずにしばらく椚彦に視線を向けていたけれど、何かを諦めたように後方を振り返った。

 お面の隙間や首元から見える肌は夕日に照らされてもなお真っ白で、椚彦と同様に生気をまったく感じさせない。その身体も細く、まるで幽霊でも見ているようだった。

 再びこちらを向いた男が、パン、と手を叩く。

 椚彦はその音でようやく、お面の男と向き合った。

 男は左手をゆっくりと前方から左方向へ動かし、それに倣うように椚彦は体を動かした。

 そして次に、男は右手をゆっくりと動かす。

「どけ、っていうことかな?」

「……そうかも」

 帆月がグイとこちらに身を寄せてくるので、僕は鉄塔の端ぎりぎりまで体を動かす。

 それから、男がふわりと飛び上がった。

 帆月と椚彦の間、頭頂部の隙間に片足を着け、さらに反対側の送電線へと飛び降りていった。そしてそのまま、93号鉄塔の方へゆっくりと歩いていく。

「ねえ! これから何が起こるの? あなたたちは何?」

 慌てるように帆月が男に問う。

 しかし聞こえていないのか、男は振り返りもせず、歩みを止めることもなかった。

「伊達くん、行こう」帆月が立ち上がった。

「い、行こうって……送電線には電流が」

 しかし帆月は僕の制止を聞かず、手を引いたまま頭頂部側面の鉄骨に足を掛けると、慎重に送電線へ降りていく。




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