文庫君鉄オビあり

【62】君と夏が、鉄塔の上




 

 洗い流したかのような快晴だった。

 雨が降ったからか、心なしか蝉の鳴き声に元気がなくなってきているような気がする。雨が降ったら蝉はどこで羽を休めているのだろう。少し気になった。

 公園へ向かうと、すでに帆月がやって来ていた。比奈山は塾らしい。昨日の雨なんて微塵も感じさせぬほど、公園の土も砂場の砂もからからに乾いている。

 そして、蝉の鳴き声と同様に帆月の顔色も優れなかった。汗の量がいつにも増して多いし、健康的な肌もどことなく血色が悪い。

「どうしたの」と尋ねてみると「昨日雨だったから、ちょっとマズかったかな」と返事がくる。

「……え? 昨日も来てたの?」

「当たり前じゃない」帆月は鉄塔を見上げたまま言う。

「何が起こるか分からないんだから。本当ならここで寝泊りしたいくらい」

 冗談とも取れる発言だったけれど、この帆月が言うと本気度が高い気がする。

「でも……何も起きなかったんだね」

 あの雨の中、ずっと帆月一人で鉄塔を見上げてたかと思うと、申しわけない気持ちになる。しかし、いくらなんでも執着しすぎだと思うのだけれど。

「それは結果よ。大事なのは過程」

 帆月が言った。

 僕は思わず彼女の顔を見てしまう。

「……なに?」帆月が眉を寄せた。この間から帆月はずっと機嫌が悪い。何かに追われ、焦っているようにも感じる。

「いや、帆月なら……大事なのは結果だけだって言いそうだから」

「そんなことないわよ」帆月はきっぱりと否定した。

「短い人生だもの。結果だけを残し続けるなんて不可能だわ。大事なのは、それまでに何をやろうとしたか……培ってきた過程よ。結果が伴わなくたって、それは絶対無駄じゃない」

 帆月は「絶対、無駄なんかじゃない」と再び言って、口を結ぶ。

「培ってきた過程……」

 僕は今まで、何を培ってきたんだろう。何か一つでも成し遂げたことがはたしてあっただろうか。過去を振り返ってみても、自慢げに口に出来るようなことはほとんど見当たらない。

「せっかくここまで分かったんだから、どうせならちゃんと最後まで理解したいじゃない」

「うん……」

 それは僕だって同じ思いだ。世の中には不思議なことがあって、ひょっとすると僕らはその一端に手を触れているのかもしれない。いったいどういうことなのか、理解出来るならちゃんと知りたい。

 でも実際に分かったことと言えば、鉄塔の上に子供がいること、お祭りで神社に変なやつらがたくさんいたこと、そして、お社の主が椚彦という名前だったことくらいだ。

 これを「これだけ」と言えばいいのか「こんなにも」と評すればいいのか、僕には判断がつかない。

 そう伝えると帆月は「きっと、いい所まで行ってるはずだわ」と小さく呟いた。

 それから僕と帆月は木陰のベンチに座り、時々鉄塔を眺めに日向に出てはまた戻る、という行為を何度か繰り返した。

 けれど、鉄塔の子供はぼんやりと前を向いて座ったままで、とくに変化はない。

「なによ、あの子。せっかく逆を向いたんだから、何か行動を起こしなさいよね」

 帆月はさっきからわけの分からない文句をずっと言っている。

「そんなこと言ったって仕方ないんじゃ……」僕は宥めようとしたが、逆に火に油を注いでしまったようだ。

 帆月は「いや、言ってやる必要があるわ!」と立ち上がると、ずんずんと鉄塔の足元へ近づいて行き、両手を口元にあてがい叫んだ。

「椚彦! ちゃんとしなさい!」

 さすがに、暑さのせいでちょっとおかしくなっちゃったかな、と帆月が心配になってしまう。顔色も優れなかったし、あるいは熱があるのかも知れない。

「こら! 椚彦ッ! 無視するな!」

「まあまあ、帆月……とにかく落ち着いて……」

 とりあえず帆月を木陰で休ませようと、彼女の手を引いた。その時、

「あっ!」

 帆月が声を上げる。



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