【74】君と夏が、鉄塔の上
「……これで終わりかな」帆月は立ち上がり、前後を見渡した。
「そうかも」
「あそこ、集まってる」
帆月が指差した場所─川の真上の送電線に、十数人ほどのお面の男たちがいた。彼らは一様に川下の方を向き、流れていく物たちを見守っている。
「行ってみよう」帆月が鉄塔を降り、彼女に手を引かれ、僕はその後に続く。
台風の影響なのか、川は激しく波立っている。川上からはまだ列が続いていて、流れなど気にせぬようにゆっくりと進んでいた。
川の真ん中、送電線が一番たるんでいるあたりから少し距離を取るようにして、これから何が起こるのか窺っていると、送電線の中ほど、川下側に組み合わされた赤い柱のようなものが見えた。
「あれ、鳥居……?」
確かに、それは鳥居だった。送電線の端に沿うようにして、赤色をした鳥居が浮かんでいる。
そこに、お面の男たちは続々と足を踏み入れていく。しかし彼らが鳥居の向こう側に現れることはなく、中に入って行った男たちは次々に姿を消してしまう。
そして、最後の一人になった。その男は中へ入らず、じっとこちらを見つめている。
「ねえ、この鳥居の中はどうなってるの?」
男の元へと近寄ると、帆月が指を差して尋ねた。
お面の男はチラと鳥居に顔を向けたが、やはり答えなかった。
「この中に、私は入れる?」
帆月が問う。男は少し困惑したように首を傾けた。
「帆月?」
「私が入ったらどうなるの? 私も神様になれたりする?」
「そんなはずないだろ。帆月、何を言ってるんだよ」
僕は無理やり笑い顔を作ってみせた。そうでもしないと、帆月がますますおかしなことを言い出して、おかしなことをやろうとしてしまいそうな気がしたからだ。
しかし、やはり帆月は真面目な顔でお面の男を見つめている。ただの興味本位だったり、冗談で言っているような素振りは微塵もない。
お面の男は返答こそしなかったものの、じっと帆月の顔を見つめていて、兎の顔もどことなく困惑したような表情に見えた。
「入ったらもう戻って来られなくなるかも知れないんだし」
「戻れなくなる……」
帆月はちらりと川下を見遣った。
荒川を下る物たちの列。それは、忘れられていく存在だ。
僕の手を握る帆月の指に、グッと力が入った。その指に込められた力の意味が分からず、僕はただ呆然と、帆月の腕を、顔を見守る。
帆月は僕の目を見て、言った。
「ごめん伊達くん。私、戻らない」
「……は?」
「私、行ってみる。どうなるか分からないけど」
「な、何言ってるんだよ……。帆月、わけ分からないこと言ってないで、早く帰ろう」
「私、帰りたくない。帰っても忘れられるだけだから」
「いや、だからって……そんな」
「もし私が神様になったら、伝説ものだよ? 語り継がれるレベルだ」
帆月は小さく笑った。僕はまったく笑えない。正気とは思えない。
「ああいう風になるかも知れないんだぞ⁉」
僕は川を流れていく記憶たちを指差す。記憶たちは川下へと流れ、どんどん小さくなっていく。
「それならそれでいいの。綺麗に忘れてくれるなら、そっちの方が気が楽だし」
「ちょっと待てって、帆月。冷静になって─」
「ごめんね」
帆月はそう言って眉根を下げ、少し困ったように笑うと、
僕の手を放した。
途端、目の前に確かにいたはずの帆月やお面の男が消え、僕は送電線の間を抜けるように落ちて行った。
眼前に荒川の水面が迫ったかと思うと、次の瞬間、僕は真っ暗な闇の中に放り込まれていた。
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