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投稿者の特定について(発信者情報開示請求)

 投稿者を特定したい,という相談を受けることがとても多いので,ここで簡単にまとめておきます。

 令和4年10月に発信者情報開示請求の根拠となる改正プロバイダ責任制限法が施行予定であり,これまでの開示請求の方法と大きく異なることが予想されますが,ここでは,現時点での開示請求の実務についてお伝えします。

 「ひどいことを書かれた」,「自分の写真を使ってなりすましをされたので特定したい」,「いくらの慰謝料を請求できますか」といった相談をよく受けますが,法的な問題としては,①投稿が誰かの権利を侵害するか(同定可能性も問題も含む),②権利を侵害するとして,投稿者を特定できるか(発信者情報開示請求の可能性),③投稿者を特定できたとして損害賠償としていくら請求できるか(損害論),といった複数の論点に分けられます。これら論点は密接に絡み合っていますが,最後の③にまで至るには相当な道のりがあります。ここでは,②を中心にお伝えします。

 ある投稿がある人の権利を侵害することは明らかであるという前提のもとで,では,誰を相手に,どのようにして開示請求するのでしょうか。

 これまでの裁判実務では,まず,第1段階として,投稿がされたサイト(Twitter,instagram(メタバース)など)に対し裁判所を通じたIPアドレス等の開示仮処分命令の裁判を行い,開示されたIPアドレスから経由プロバイダを割り出し,次に第2段階として,経由プロバイダに対して契約者情報の開示を求めて裁判を行う,というやり方がオーソドックスな方法でした。

 上記は,あくまで民事的な手続きですが,相談者の方は,弁護士に相談する前に,警察に相談に行っている場合も少なくありません。ただ,プロバイダや投稿者が不明の段階で,警察が事件として受理し,捜査した上で投稿者を特定する,という場面はそれほど多くない印象です。理由として考えられるのは,まず,サイトが海外法人(Twitter,Instagram,Googleなど)の場合,警察の捜査権が及ばない場合がありうること(日本法人がある場合はどうかという問題がありますが),また,名誉毀損や侮辱罪は直ちに逮捕に至る罪とまでは言えないこと,投稿者が不明の状況では警察が捜査しづらい(限られた人員体制の中で手が回らない)といったことが考えられます。一方で,警察への相談の段階で既に投稿者が判明しているケースなどでは,警察も捜査に応じてもらいやすい印象です。

 警察での相談がうまくいかないとなると,民事的手段を検討することになりますが,ではなぜ,発信者情報開示請求では2回も「裁判」が必要なのでしょうか。あまりにひどい書き込みであれば,サイトやプロバイダは任意に開示してくれないのでしょうか。これは,概ねNOと言わざるを得まえません。

 多くのサイトやプロバイダは,任意には開示しません(一部任意に開示するサイトもありますが)。その理由は,サイトやプロバイダにとっては,投稿者の情報は個人情報に該当し,任意に開示できるものではないからです。そこで,自分たちの判断によらず,裁判所(法的機関)の判断に従うという形で開示する運用が定着しています(その意味で,警察が本腰を入れて捜査協力や令状をもとに捜査した場合,法的機関からの依頼に基づくという理由で,開示に応じるサイト等が多い(海外法人は除く)印象です)。

 また,第1段階で裁判を選択しなければならない理由はほかにもあります。むしろこちらが主な理由ですが,投稿から一定期間が経過すると,ログ(発信者情報)が消えてしまうというリスクがあります。これは,サイトとプロバイダそれぞれで考える必要があり,例えばTwitterなどは,アカウントが削除されてしまうとログも消えてしまう,と言われています。プロバイダに関しては,特にモバイル系のプロバイダ(ドコモ,ソフトバンク)などは,ログの保存期間は投稿から概ね90日とされているため,最低限,投稿があってから90日以内には,経由プロバイダを割り出しておかないと,投稿者の特定には間に合わないということになります(現実には,経由プロバイダが判明した後も,後述のとおりログの特定の問題があるため,もっと早く経由プロバイダが判明していないと間に合いません)。

 裁判所からの仮処分命令や判決が出た場合は,(ログが残っている場合)サイトやプロバイダは開示に応じます。このような理由から,できるかどうかわからない任意での開示請求は検討せず,裁判手続きを経る(若しくは任意での開示の可能性があるのであれば同時並行で進める)のが,多くの弁護士のやり方だと思います。

 さて,第1段階の手続きで経由プロバイダの特定に至った場合,次は第2段階として,経由プロバイダに対して投稿者(契約者)情報の開示を求めて「裁判」を行うことになります。経由プロバイダに対しても,任意での開示はほぼ期待できないため,裁判が必要となる場面がほとんどです。もっとも,刑事事件化できるほどの悪質性がある事件であれば,ここで警察に相談して,経由プロバイダへの捜査を依頼する,といった方法も考えられます。日本語での投稿の場合,経由プロバイダの多くは日本国内の業者ですので,サイトが海外法人の場合と比較しても,警察も動きやすいと言えます。

 ただ,注意を要する点として,近年の激増する通信環境の状況から,サイトから開示された情報(接続元IPアドレス,タイムスタンプ)だけでは,ログ(発信者情報)の特定ができないケースが増えています。具体的には,経由プロバイダから,接続先IPアドレスやポート番号などの情報を要求されることが増えました。これらの情報はサイトが保有していないことも多く,接続先IPアドレスは候補を挙げることができたとしても,ポート番号まで要求されてしまうと,ログの特定ができないとして,発信者情報開示請求は手詰まりとなってしまう,というリスクがあります。

 この点に関し,令和2年のプロバイダ責任制限法改正で,発信者情報に「電話番号」が追加されました。これによれば,例えばアカウント登録の際に電話番号を登録させるサイトであれば,サイトに対して電話番号の開示請求を行い(これも裁判が必要です),電話番号が開示されたら,電話番号を保有するキャリアの通信会社に契約者情報の照会を求める,といったやり方ができるようになります(こちらは裁判は必要ありません)。

 したがって,プロバイダまではたどり着いたものの,ログの特定ができない,ログの保存期間切れであっても,電話番号ルートでの開示の可能性についても,検討する必要があるでしょう。前述のとおり,電話番号ルートでの開示請求の場合,裁判が必要ですが,被告が海外法人の場合,送達に時間がかかるため,全く争点がない事案でも,判決までは数ヶ月を要します。具体的には,私が昨年7月末にメタバース(旧名フェイスブック)を被告として提訴した事案では,判決が出たのは今年の4月でした。

 プロバイダを被告とした訴訟ではここまでの時間はかからないので,電話番号ルートの場合,開示に至るまで相当の時間がかかることは覚悟する必要があります。

 

 

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