_2017__神話2年目__IMG8917_のコピー2

歌っていた

樹(いつき)さんが、生まれてから2か月が経つころだった。
お産の影響で、よりひどくなった腰痛の治療のために、まなみが数時間ほど家を空けることになった。

そのときは、まなみの実家に里帰りしていたのだけれど、ちょうどまなみの家族もみんな出かけていたので、樹さんとぼくのふたりで留守番をする初めての日になった。

おやつの時間のあとに、まなみは出かけた。
樹さんを抱っこしながら、出かけるまなみを見送る。いまにも閉じようかというドアのすきまから目をのぞかせるまなみを、樹さんはじっと見ていた。ドアが閉まるとき、樹さんが「やん」とでも言うかのように、ぱかんと口を開いたのを妙に覚えている。

昼寝をした時間が短かったので、もうちょっと寝かせようと思って、しばらく家のなかをうろうろしていた、のだけど。
歩きながらタテ抱っこをしているうちは、穏やかに目を閉じているので「寝たかいな?」と思って横にさせようとすると、真っ赤な顔で手足をばたつかせながら「ふぁぁん」とぐずりだす。

おっぱいはまなみが出かける直前に済ませていたし、体調をくずしているわけでもない。おむつでもない。
イスに座ることすらも許してくれないほどに、とにかく横になることを、一箇所にとどまることを、嫌がって抱っこを求めていた。
その日は、朝からずっとそんな調子だった。母さんの不在を心細く思ってるのだろうか。抱っこすることは、まったく苦ではないのだけれど、1時間も家の中をうろうろしていると、さすがに気づまりになってくる。

抱っこひもに樹さんをひっかけて、散歩に出ることにした。

12月半ばのころだったけれど、新潟にも雪がまったく積もらないほどの暖冬だとニュースになっていただけあって、あんまり寒くなかった。でも、空は冬らしく、キンキンキンとどこまでも青く澄みきっていた。

近くの公園では、小学生たちがランドセルをほっぽりだして、サッカーをしていた。公園といっても、公民館がある以外には、遊具ひとつないただの広場で、ベンチがぽつんぽつんとあるだけだ。

樹さんを抱っこしながら、とくに目的もないままにうろつく。ぴょんぴょんと跳ねたり、反復横跳びをしたり、スクワットをしたり、EXILEのチューチュートレインのようにくるくる回ったりする。
とにかく上下左右に刺激を与えて、樹さんを眠らせる作戦だった。けれども、樹さんはキロキロとあたりを見渡すばかりで、ちっとも効果がない。ふだんなら、これだけ動けば寝てくれるはずだった。とくにチューチュートレインは効果絶大なはずなのに。

チューチュートレインをし続けるのもしんどく、いい加減くたびれてきたので、ちょっとiPhoneでも見て休もうかと思ってベンチに腰をおろす。すると樹さんの表情が、とたんに曇り出す。それまでは落ちついていたのに。やっぱり、なぜかはわからないけど座ろうとすると嫌がる。

ぎゅうっと眉がひそめられる。
鼻を中心に、じわりじわりと朱色に染まってくる。
こりゃイカンと立ち上がると、あっというまに朱色はすうっとひいて、つるんと穏やかな表情。またちょっと座ってみると、ふたたび顔はぎゅーっと朱色に染まり出し……。立ち上がれば、さあっと朱色は晴れ……。

その顔色の変化が、不思議やらおもしろいやら、かわいいやらで、ちょっとだけイジワルな気持ちになってきて、立ち上がったり座ったりを繰り返してみる。

そのたびにちーんと瞬間沸騰して、真っ赤な般若の赤ちゃんみたいなすごい顔になっては、すぐさま、魂の大部分を持っていかれたかのように無色透明な無の表情になる。

「ウフフ。へんなの。もう一回やっちゃおう。ヒヒヒ。おもしろいな。かわいいな。って、でも、でもでも、何度も何度もごめんよ! でも、もう一回……」

そのころの樹さんは軽い脂漏性湿疹にかかっていて、ほのかな乳の匂いとともに、なんともいえない頭皮の臭いがあった。「ツンとくるこの臭いもいいなあ。かぐわしいなあ。でも治さないとなあ」とか思いながら、樹さんに頬を寄せて、立ったり座ったり。

結局、iPhoneをいじるヒマもないまま、樹さんと歩きつづけた。

ふと、以前「あの丘の上から、街並みを見下ろしたらきっと壮観だろうな」と思った場所があるのを思い出した。
まなみの実家は、多摩ニュータウンのもっとも古くに開発された地域にある都営住宅である。それらの建物を一望できると思しき丘があるのだった。公園から丘の上まで歩いていくと、だいたい15分くらいだろうか。
まだ樹さんも眠くなさそうだったので、そこへ行ってみることにした。

その道のりのあいだが暇だったので、なんとなく樹さんに向かって、名前を呼んでみた。


  いつき
  いつき
  きみの なまえは、いつき
  きみは きみは、いつき
  いつき
  なんで ここに いる
  おい おい おい いつき いつき 


最初はゆっくりと名前をつぶやいていたのだけれど、いったん声を口から出してみると、喉に声がひっかかっているし、沈黙する間、なんだか手持ち無沙汰というか、口もと無沙汰な感じがしてきた。なので、もっと声を出してみた。


  ほ、いつき。お、お、おい、いつき
  やあ、やあ、いつき。おーい、おーい
  いっつきー~。ややや、や、やい、いっつっききき
  きーい、きーい、きーい……ききききき、い つき 
  い つ きーさん~
  い つ き さ ん~~んんん~ン〜
  きーみの~な~まえは い つ~き ~~

「声を出してるこの感じ、すごくひさしぶりだな」と思う。
それがちょっと楽しい。はたからみたらすごくへんなやつだよなあと自分で思いながらも、とにかく声を出すことが心地よい。
意味のない合いの手も加えながら、いろいろな調子で名前を呼ぶ。ふだんは手話で会話しているため、ほとんど使わずにこわばっていた喉が、そのあたりでこなれてきた。

口から、声がさらりさらりと吹き出る。

風が冷たくなってくる。イチョウの枯葉がかさかさと舞っている。樹さんはおとなしく胸に頭をもたれながら、キロキロと周りの風景を見ている。


  い~つ き つ き いつき
  い いい つき き~つき
  い~つき き~~いつき~きのき~


やがて名前がほどけてきて、ひとつぶの声になってくる。
口から吹き出る言葉に、もはや意味はなかった。樹さんの存在を示すものではない。ただただ声で遊んでいた。

丘に登る途中には、長くて急な階段があった。
ピカピカに銀色で、ぴりぴりに冷え切った手すりをしっかり掴みながら、息を切らせて登っていく。
丘の上に立ってみると、想像していたとおり、いい眺めが広がっていた。
団地が目の下にひろがっている。空がどこまでも広い。
清涼の匂いまでもが感じられるような、さわやかに気持ちのいい風が吹いている。
明るい空に、上弦の月がのぼっていた。
両端がスパっと尖っていて、ほのじろい。

そのとき、「樹」からほどかれたひとつぶのことばたちが、突然、「月」とつながった。


  樹さん
  いつきさん
  いぃつきさん
  良い月がのぼってくるよ

  良い月が見ているよ
  いぃつきを
  樹さんを
  見ているよ


青い空がひろがる丘を歩く歩みのリズムに合わせて、声が漏れていた。それは自分で「出した声」ではなかった。そんな意識はない。「自分でも知らないうちに、漏れていた」としか言いようのない声だった。

それでいて、それらのことばたちは、つるつるつるるるとなめらかにつながって口から出ていった。数珠つなぎとなって口から出ることばを感じながら、「樹さん」とは、まったくなんの関係もなかったはずの「月」が、さらに「いい月」として、地続きに並んだことに感動を覚えていた。
どうして今まで一度も思わなかったんだろうと不思議になるくらいに、それは当然のことと思えた。

樹さんは、月であった。
良い月は、樹であった。

気持ちがよかった。
声を出すことがこのうえなく気持ちよかった。

小さいころに受けた厳しい発音訓練のおかげで、それなりにキレイだと周りから褒められる程度には、発音がよいらしい。
しかし、ようやっと身につけた発音も、ひとたび聴者社会に出るとほとんど通じない。「ん?」という初対面の聴者のけげんな顔をまっさきに受けることがほんとうに多い。ぼくがただナイーブすぎるだけなのだろうけれど。

「あはっ? どうしよう、何言ってるんだろう。でも言っちゃ悪いしな。でもわかんないな。困ったな」というような、逡巡が読み取れる。
「おはよう」といったような、ただの挨拶にすらもそんな表情をまっさきに見なくてはならないというのは、しんどい。
30歳をすぎておじさんになってきてからは、さすがに図太くなってきたので発音することに感じるためらいは軽減しているが、それでも、声をだすことに対してはトラウマに近い思いがあって、心のどこかで声を出すことに対するどうしようもない抵抗感がある。
だから、声を出すことに気持ちよさを感じるまでには至ることは、ついぞなかった。

それなのに。

樹さんが月とつながって、ことばが出てきたこのとき、声を出すことがとても気持ちよかった。

つながったことばたちを、樹さんに向けて、ふたたび繰り返す。それを2、3回やったころで、胸のなかの樹さんが身を縮こまらせた。
ほんのちょっとだけ小さくなる。
眠ろうとする体勢だ。
声を小さくする。

声を出すことに気持ちよさを見出すことができるようになってきたのは、おそらくはきっと、ぼくの声を意味のあるものとして受け取っていない樹さんのおかげなのだ。それは「赤子は、ことばがわからないから、何を言っても大丈夫」といった侮りでは決してない。

弾むリズムで、つながることばたちを、樹さんにそそぐ。
それに反応するように、ウトウト、くてくてになっていく樹さんのからだを感じながら「声を、愛撫として受け止めてくれている」ということの実感が深まってくる。
そのときにぼくが出していた声は、樹さんを眠りにつかせるために愛撫するもうひとつの手としてあった。意味あることだけを伝えるだけが、声の役割ではなかった。

「ことばの前のことば」で世界を認知する赤子だからこそ、ぼくの声は拓かれたのだ。

手としての声。
その実感が深まるにつれて、ぼくの声の味も変化していく。

漢字をイメージしながら呼ぶ「樹(いつき)」の声は、レゴブロックのように、ちょっと角ばっていて固い。
ひらがなで呼ぶ「いつき」は、ポップコーンのようにふわっとしていて丸い。

愛おしさも込めて、ささやくように漏れていく声は、ポップコーン調のひらがなの声よりも、さらにほがらかな調子が込められて、甘くやわらかい。キャラメルポップコーンかな。うーん、いや、くどすぎる。胸焼けしそうな愛なんていらないね。
もぎたてのブルーベリー。そんな感じかも。
小粒で、さわやかに甘酸っぱくて、青い味。
声が甘くなっていることが、自分でもわかる。

胸のなかでウトウトする赤ちゃんというのは、あまりにも無力に思えて、本来の姿よりも、もっともっと小さなものとして感じられる。からだの皮膚全体で感じる小さなそのからだは、完璧な球体としてある。
「珠(たま)のような子」ということばの意味が、いまならほんとうにわかる。これは見た目によるものではなかった。概念で考えられたものでもない。皮膚でこそ感じられる実感だった。

息づく球体を抱きかかえながら、丘の上を歩く。

完璧な存在は、無力なのかな。
無力だから、完璧なのか。

儚くて完璧にすばらしい無力に触れている。その思いは、無性にせつない。それがまた「護らないとなあ」という、おのれの生命力をたぎらせる愛おしさをつのらせる。

甘さを、愛おしさを、せつなさも込めながら、声を出していると、声がどんどんつながろうとして、ことばが、次から次へと湧いてくる。「おいで、おいで! どんどんおいで!」という気持ちで、声を出していると、山に一本の樹が立っているビジョンが浮かんだ。唐突に。

そのとき、ぼくらが丘のうえに立っていたからだろうか。「盛山」という、まなみの姓に対するイメージがあったからだろうか。なぜだかはわからない。
とにかく、山の上に一本の樹がたっている架空の風景が強くあった。その樹は、樹木であり、樹さんでもあった。月と樹さんが並んだように、ビジョンのなかで立つふたりは交互に溶け合いながら入れ替わっている。

強く浮かんだその図を、ことばにしないと、と思った。
ただただ、そう思った。
誰かにとっての聞こえ具合のことを思いわずらうでもなく、意味をしっかりと伝えようとするのでもなく、ましてや自分のためでもなく、そのことばは漏れていく。


  盛えるあの山の てっぺんを ごらん
  一本の 若い樹が 立っている
  あの樹のことを
  まだまだ
  だあれも知らない 

  太陽だけが 知っている
  草原だけが 知っている
  月だけが 知っている

  盛えるあの山で
  盛えるあの山で
  樹は いっぽん 立っている

声がこぼれていく。声があふれてくる。
イメージが、ことばを引き出させてくれる。ことばを、繰り返させてくれる。ことばがイメージをつくるのではなかった。踏みしめた地面、踏みしめた枯れ葉、踏みしめる土。そこから伝わる感触にゆだねるまま、音を下げたり上げたり、声もふるわせたり。歩みのテンポが歌にリズムを備える。

この世界が、このぼくにイメージをもたらす。
ことばは、その末端でしかなかった。

「歌っている」と思った。
「歌って、こぼれるものなんだな」とも思った。

樹さんは、すうすうすう、深く寝てくれた。

丘の上から団地を見下ろす。
日も少し暮れてきて、その風景には、青みがほのかにかかってきている。夜の帳が、おりてきている。
すこし休もうとして階段に腰をかけた。今度は樹さんもすっかり落ち着いて、ぐずることなく寝ている。
汗がひいて、ちょっと寒くなる。寒くならないようにと、マフラーやおくるみ、毛布をしっかりと巻きなおす。
そのとき、樹さんもしっかりと抱きなおしながら、その息づく暖かさに「そうだ、この体温も、さっきの歌に欠かせないものだったな」と気づく。

頭を支える手に伝わってくるやわらかな頭髪、手触り、頭皮の臭い、重み。それらも歌に必要なものだった。ほんとうにそうだ。この体温がなかったら、歌は全然違うものになっていただろう。そもそも、歌いもしなかっただろう。

ハッとする。

……歌? いや、さっきのは単なる歌じゃない。
子守歌だ。
ぼくは、子守歌を歌っていた!
樹さんは、ぼくの子守歌を聞いて、眠ってくれた!

生まれて初めての子守歌は、すでに訪れていた。

樹さんを抱きながら、いや、もはや「歌うこと」の秘訣を授けてくれた師匠ともいえる樹さんにぼくが抱かれながら、たくさんにあふれるわくわくに満ちていた。

1時間もないこの短い散歩のあいだ、いったい、ぼくは何回驚いたことだろう。

暗黒の宇宙でぽっかりひとつ輝く太陽の、誰に何に向けてでもなくただ放たれている熱を帯びた光は、1億5000万キロ先にある地球に、偶然、届いていた。
そして数多の植物にぬくもりをもたらし、やがて、誰も知らないところで開花するひとつの幸福がある。
そのように、樹さんのぬくもりが、上弦の月と、盛える山のイメージをむすびつなげて、ぼくの身体に宿り、声となって、子守歌が、口から、花開いていた。

子守歌がぼくのなかに宿ってからというものの、樹さんを寝かせるときには進んで歌うようになった。

けれども、やっぱりぼくは「歌を聴く」という耳から伝わる心地よさを知らないので「どうか子守歌でありますように」と、一縷の望みを込めながら歌う。ぼくの体温や呼吸も歌の一部として機能するようにと、しっかり抱きしめながら。

樹さんは、だいたい深く眠ってくれた。
それが答えだと思っている。




【本文は、ここまでです。以下は、この最近の写真20枚(お年玉につき、当社比2倍増量♡♡♡)と、日記的なちょっとの文章がついたものがあります。見ても見なくても変わりないですが、応援するかんじで、投げ銭的に、見てもらえたらうれしいです。
それがぼくの、よろしく千萬あるべし代になります。あるいは、まなみのイクラわさび醤油漬け代。またもやのあるいは、樹さんのハーブソーセージ代。
お正月だけあって、ちょっとごうせい。 
あけましておめでとうございます。今年もこれからも、迷惑かけてありがとうをモットーに。迷惑かけてありがとう】


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