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白い霊柩車

 
 
 
 白石紙子は子どもの頃から一人、家の中で浮いていた子どもだった。
 仲の悪い両親と両親に取り入るのがうまく要領のいい妹。紙子は家族にどうしても馴染めなかった。 
 それだけではない、紙子だけが両親から虐待を受けて育っていた。妹は見てみぬふりなのに大人になった。今、雑用や面倒なことは全部紙子にまわってくる。
 月日は流れて、父も母もいっそう年を取り、母は脳梗塞で半身不随の生活だった。
「ざまあみろ」
 世界中に言ってまわりたいほど嬉しかったが心の中で、ガッツポーズをした妹の翠子は二駅離れた場所で一人暮らしをしていた。
「翠ちゃんは、簡単には休めないのよ」
 母の口癖だ。
 両親の細々とした世話はいつの間にか紙子の仕事に決まってしまっていた。
「理不尽だわ」
 紙子は母に言った事がある。
「パパやママは私より翠ちゃんの方が可愛いって、いつも言っているよね。だったら、定期検診について行くのとか。私じゃなくて翠ちゃんにやってもらってくれない? 可愛くもない私が付き添うより余程いいでしょ」
「翠ちゃんは毎月家に二万円、お金を入れてくれているでしょう。
あんたは、収入が少ないんだから二万円家に入れることは出来ないでしょう。そのかわりパパやママの為に働くのはあたり前なのよ」
 この屁理屈に紙子は愕然としてしまった、この母とは二度と口を利くまい。
 紙子なりに腹が立ち、速攻で父に言いつけてやった。
 当然 母は父に叱られた訳だが次の日から紙子と目があうと、ぷい、と、知らん顔をするようになった子どもみたいな女だわ。
 紙子は母に関しては諦め顔を合わせても挨拶もしないことに決めた。父もまた異常な男だった。
 看護士になった翠子が、一番の自慢らしく口を開けば、
「翠ちゃん、翠ちゃん」
 溺愛している。
「パパがこれから低血糖で救急車で運ばれる! 」
 母から電話があった。家族の同乗者が必要だから、
「翠ちゃんは仕事休めないの、だから、紙ちゃんが救急車に一緒に乗って、病院に行って。ママが乗ろうとしたけどダメだって言われたから」
「都合のいい時だけ頼ってくるな」
 あんなに言ったのにまったく分かってない。仕方なく紙子は仕事を休み同乗した。
 救急車に運ばれたときは、
「紙ちゃん、ありがとうな」
 しおらしかった父親だが,しばらくすると元のとんでもないじーさんに戻った。
「紙子が来たら必ず金や物がなくなる」
 紙子は心配して様子を見に行っているだけなのに、見に覚えのない文句をつけられて、さすがに紙子のハラワタは煮えくり返っていた。
「お前が来たら必ず物が無くなる」
「ちなみに今は何を捜しているところなの」
「老眼鏡だ」
「ああ。それじゃないの。その頭に掛けているメガネ」
 老眼鏡は父の頭の上にあった。
「これはたまたま、ワシの勘違いだったが、とにかく、金や物が無くなる。お前には昔から窃盗癖があるからな」
紙子は呆れて物も言えなかった。
「うん、だったらね。もうこの家に出入りするのはやめる」
「かまわんよ手癖の悪い娘に出入りされると、こっちが困る」
「縁を切る。今度、低血糖で救急車に乗るときは一人で乗ってね。ママはあんな身体だから同乗は無理だし。翠子ちゃんに乗ってもらったら? 翠子が親より仕事を優先させたらの話だけどね」
 顔色が変わった。
「縁を切るのはいいけど、救急車には一緒に乗ってくれないと、困る」
「乗る訳ないでしょ」
 そんなに、都合のいい話はない。
「親を見殺しにするのか」
「そう、思ってくれていいわ」
 家に帰ると父から何回も電話が掛かってきたが出なかった。
「親を」
 私が?
「見殺し」
これが私に出来る精一杯の復讐。
ミゴロシ。
「せいぜい、好きにほざけばいい」         完

 

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