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爛れゆく日々


 
もう、二人で、世の中から見捨てられてしまいたい。長い間、食べることを忘れられている、葉の先から腐ってしまって、くたくたになった、ほうれん草のように。いつも、そう思いながら、泣きそうな顔をして徹男さんを見上げる。
そして、いつのまにか髪が真っ白になってしまった徹男さんと長い時間を掛けていだきあう。はじめて徹男さんに抱かれたのは、私が二十二歳の時だった。
今年の元旦に私は五十三歳の誕生日を迎えた。
徹男さんはもうすぐ、七十一歳になる。小学生のお孫さんが五人もいる徹男さんは
すっかりおじいちゃんの年齢になってしまった。
出口の見えない不倫だった。ただ、長いだけの身体だけの男と女の交際。ぐだぐだとした間柄。人から見たらそう思われるに違いない。
なんと、言われてもいい。誰に罵られても私はかまわない。私はこの、三十一年間
出来る努力はしてきたつもりだ。
私は結婚して、徹男さんの子どもが欲しかった。その為に、私なりに努力はしてきた。今まで何度も徹男さんの奥さんに直談判してきた。
それなのにいつになっても結婚できないのは木本裕子という、あの、おばあさんのせいだ。
徹男さんの妻の座に座って動かないあの女。
「ご主人と別れて下さい」
「ご主人を私に下さい」
「一日でも早くこの家から出て行って下さい。次に私がここに住むのですから」
「これは徹男さんも望んでいること何ですよ」
ああ。今まで、何度も何度も奥さんに頭を下げに行った。片道二時間半、電車に乗って、私は毎日徹男さんの家に行き奥さんに直談判していた。
最寄り駅までの定期券を買っていた。
そのうち、どういうわけか、私は徹男さんに避けられるようになってしまった。そんな時期もあったのを覚えている。
私は、私と会うのを拒む徹男さんの帰りを毎日、最寄りで待っていた。終電の時間まで待っても、徹男さんに会えない日の方が多かった時期もあった。徹男さんにストーカー届を出されたこともある。あの頃は、徹男さん自身にも私は拒まれていた。今は、私が実力で徹男さんに粘り勝ちしたと思っている。
それにしても、頭に来るのはあの女だ。あの女はどうして、徹男さんに愛されてもいないのに妻の座を私に譲ろうとしないのか?
分からない。私の幸せを阻む女。あの、徹男さんの妻、裕子という老女。
しつこい悪魔のような徹男さんの書類上の妻。あの女は蛭のように徹男さんに吸い付き、いまだに離れようとはしない。
あんな、身をわきまえることを知らない女が徹男さんに似た男の子を二人も産み育て、妻として現在も徹男さんと一緒に暮らしている。
我慢が出来なかった。あの女の存在に私は三十年以上も、無駄にした。
あの女のせいで、私の人生は無残なまま、年月だけを重ねようとしている。おかげで私は子どもも産まず。あとは身体が腐るのを待つだけ。
周囲の人は皆、揃って同じ事を言う。
「かわいそうになあ。準子の人生はあれで終わり、結婚もせず、子どもも産まずに、馬鹿な子だね、全く」
自分がそう言われていることも知っている。なにもかも、あの頑固な女のせいだ。あの女のせいで私はすべての侮蔑の言葉を受け止めて生きなければならなかった。
でも、後悔はしていない。私と徹男さんは離れられない運命なのだ。
愛されていない紙の上だけの妻のくせに、厚顔なあの女は、
「木本徹男の妻は生涯、私、一人です」
言い切っていた。そして、今も同じことを言っている。世の中の人妻と呼ばれる女は、いったい何が偉くて、あんなにそろいもそろってふんぞり返っているのか? 
愛される努力もしてこなかったくせに。浮気される女なんて、私に言わせたら怠け者の集まりにしか見えない。
「絶対に離婚はしない」
そう、言い張って聞かない。
何という、意地っ張りな性格なのだろう。厚かましいだけの主張。楚々とした外見からは想像もつかない。あの女の厚かましさには、ほとほと呆れてしまう。
目の上のたんこぶ、とはあの女のことを言うのだ。きっと。
 
私と徹男さんはもう、三十一年も愛し合っている。
一緒に暮らしたことは一度もない。気が付けば徹男さんは七十一歳になってしまった。
私は五十三歳。徹男さんの奥さん、木本裕子という鬼嫁がつまらない意地を張っているせいで私は徹男さんの子どもも産めなかった。
私は迷惑をしていた。あの女のせいで、私は、
「準子はあの男のせいで人生を棒にふった。バカ女だ」
年子の兄にまで言われるようになってしまった。
「あの男」
あの男などと徹男さんのことをそんな風に呼ばないでほしい。そう呼ばれてしまっているのも、徹男さんのせいではない。何もかも、あの、自分が正妻だと言い張る女のせいだ。私はいつも思う。
たとえば知らない誰かに何を言われてもいい。私は言い返したりはしない。そんなことを言う下等な人間に私たちの崇高な愛は分からないからだ。
木本裕子という女が身をひかないせいで私だけが馬鹿を見ている気がする。子どもを産める年齢もとうに過ぎてしまった。損をして来たと思う。
私も徹男さんの子どもが欲しかった。あの図々しい田舎者の女。悔しかったら、私みたいにあの人に濃密に愛されればいい。
関係を隠すことなく振る舞っていたからか私も徹男さんも解雇された。退職金もなかった。人を愛することが何の罪になるのか? 
人を好きになった。それだけで、二人とも会社をクビになってしまった。
とても理不尽だと思う。私は良く徹男さんに聞く。
「徹男さん。人を好きになることの何が悪いの? 」
納得がいくわけがない。
「さあ、よく分からないな」
徹男さんは、いつも同じことしか言わない。だから、考えても理解出来ない。
三十年以上の長い時間、ぐるぐるぐるぐると、考えている。書類上の妻というだけであの女は世間から強く守られている。
そもそも、日本の結婚制度がおかしいのだ。だって、私こそ徹男さんの妻に相応しいのだから。一番愛されている女が妻になるべきではないかと思う。
私は色々な非難を受けてきた。
全部、木本裕子が意地を張ったせいだ。木本裕子が悪いのだ。あの日も私は徹男さんの残業が終わるのを待っていた。
更衣室のパイプ椅子に座って暇つぶしに文庫本を読んでいた。六時前に後輩のみっちゃんが、
「うわぁー! 忘れ物をしました! 」
そう言って更衣室に入って来た。
「平野先輩。すみません、慌てて折り畳み傘を忘れてしまって」
みっちゃんは私の四歳年下の後輩だった。
今中美奈子という名前なので、
「みっちゃん」
先輩たちに呼ばれて、可愛がられている。
「あの。少しだけ話していいですか。平野さん? 」
みっちゃんが私に何かを言っている。なんだろう?
「何かしら? 」
「あの。今、平野さんは木本さんを待っているんですか? 」
「そうよ」
「木本さんと約束があるんだったらもう少し目立たない場所で待った方がいたと思います。このビルの裏にある喫茶店とか」
忠告してきた。目立たない場所? 何? 喫茶店? その言い草は? 
みっちゃんの言葉にイラついた私は、
「ここで待っているのが悪いの? 何が悪いって言うの? 」
生意気な口をきく後輩を見据えて言った。
「平野さん。木本主任には奥さんもお子さん二人もいるんですよ? それもまだ、小さな男の子が二人も。それに、木本さんの立場とか考えて上げた方がいいと、思うんです」
この娘は何が言いたいのか? 
「木本主任のお子さんたちまだ、ちっちゃいことを知っていますよね。お父さんを慕うあの子たちに辛い思いをされて心が痛まないんですか」
不倫をしていない女はそんなに偉いものなのか?
「みっちゃんには、多分、一生、分からないと思うわ」
四歳も年上で仕事の先輩でもある私に意見できるのか?
「何がですか」
「私からもみっちゃんに一つだけ聞いてもいい? 」
「何ですか? 」
この子のこの憮然とした表情。
怯まない、このこはとても強い子なんだわ。
「みっちゃんは、本当の恋愛をしたことがないの? 」
私に意見をしてきた後輩は、みっちゃんが初めてだった。
みっちゃんは、
「私も一応、恋愛経験はあります。でも、同じ年の女の子と比べたら少ないと思います。今、私は平野先輩のために言っているつもりです。私は皆みたいに平野先輩のことを陰で言いたくないんです。陰でこそこそ言われたり、言ったりするのって、誰でも嫌なものでしょう? 」
みっちゃんも引かなかった。
結構、頑固なんだ、この子。
「聞いて下さい。私、平野先輩が噂の中心になるのが嫌なんです。だって、あることないことを言われているから」
みっちゃんのこと経験値の少ない馬鹿な女だと思った。
「平野先輩、私、悔しくて。先輩は悔しく亡いんですか」
この会社には沢山女の子がいる。
みっちゃんと私はよくにたタイプだと思う。一見、おとなしそうに見えて、中身は私が思った通り、意外に芯が強くて、頑固な性格。
当たりだと、思った。
「平野先輩。去年、寿退社した円香先輩も言っていましたよ。平野先輩のことを心配していました」
「円香ちゃんが? 」
円香ちゃんは、結婚して今は、斎藤円香ちゃんになった。お嫁に行った私の二歳下の後輩だ。とっくに会社を辞めた円香ちゃんまでが、いったい、なんだろう? 
あの子までが何を言っているんだろう? 
私について?
「心配? なんて? 」
「私、円香先輩から聞きました。平野先輩のお母さんがこの不倫を知ってから身体を壊して、今も精神病院を入退したり退院したりを繰り返しているそうですね」
「何でそんなことを円香ちゃんが知っているの? 」
「平野先輩の結婚している一番上のお姉さんも、先輩のことが心配で、毎日泣いて暮らしているんでしょう? パートに出たくてもお母さんの身の周りのお世話があって働きたくても働けないんでしょう? だから、子どもも諦めて、先輩のせいで中絶したって聞きました」
そこまで、なんで、円香ちゃんが知っているの?
「平野先輩、兄弟から疫病神って呼ばれているんですよね? 血の繋がった、一番上のお姉さんから」
なんで、家の中のことまで知っているの? 私は驚いた。
「平野先輩はご家族の気持ちとか、考えたことがありますか。平野先輩の周りはみんな、辛いと思うんです。特にご家族が辛いんです。同じ団地の人も皆、先輩の不倫を知っているから、いたたまれなくて、お姉さんと同じ市にわざわざ、引っ越しをしたんですよね? 」
みっちゃんの言うことは、全部、当たっている。
「自分の家族や周りの人まで犠牲にして、木本主任と不倫しているんですか? 木本主任の直属の上司は部下を監督出来なかったから、それだけの理由で、長崎に飛ばされたんでしょう? 」
「でも、栗田さんが飛ばされた本当の理由なんか誰も知らないと思うけど? 」
「笹川部長から、私は直接聞きましたけど。お酒の席で」
みっちゃんも、二十歳年上の上司と付き合っているという噂がある。ばれてないだけで、こんなに大きな態度に出るんだ、同じ不倫なのに?
「ふーん。みっちゃんも、随分、偉くなったのね、関心するわ」
「私は心配なんです」
「ごめん、その心配は迷惑。それにみっちゃんにだけは批判めいたことを言われたくないわ」
「それ、どういう意味ですか」
「高遠主任のことが好きって顔に書いているわよ。みっちゃんに、人に偉そうなことが言えるのかって話」
それだけ言った。みっちゃんの顔が真っ赤になった。私はみっちゃんを無視して再び文庫本を読み始めた。
「平野先輩は自分だけ良かったらそれでいいんですか! 」
まだ、何か言いたいらしい。
じめじめした、面倒な子。
「そう言われると、そうかも知れないわね」
「酷い、それって酷いです」
「ねえ、一つ不思議に思うことがあるんだけど、聞いてもいいかしら? 」
「どうぞ」
こんなにも、気の強い子だったんだわ。
「どうして、みっちゃんはうちの母や一番上の姉のことまで知っているの? あったこともないでしょう。入院のこととか、誰にも言ってないはずよ」
みっちゃんは、
「私は全部、円香先輩から聞きました」
みっちゃんは少し震えている、私のことが怖いのだろうか? 私は最近社内で、
「何をするかわからないやばい女」
そう噂されて、怖がられているらしいから。
「円香ちゃんから? 」
「退職した円香さんが企画開発部の井国係長と本当の兄妹みたいに仲がいいのは、もう、有名な話ですよね? 」
「そうね、仲が良すぎてすっかり親戚と思われているみたいね。まったく、縁戚関係はないらしいけど」
「円香は俺の妹だ」
 井国さんの口癖だ。
「井国さんの奥さんのカオルさんと円香さん、家も近いし、すごく仲がいい友だちなんです。よく井国さんの家に行って、お茶する仲なんです。平野先輩の一番上のお姉さんって井国さんの奥さんとは元同僚で大親友なんですよね? 」
「一番上のお姉ちゃん? 」
「そうです。平野先輩の一番上のお姉さんが、井国さんの奥さんに愚痴を言って、その内容を円香先輩にメールして、円香先輩から私は電話で色々、聞くんです。私が聞いたら円香先輩が全部答えてくれるの。だから、私の持っている情報の情報源は平野先輩の一番上のお姉さんなんです。だから、確かに全部事実でしょう? 」
私は舌打ちした。しゃべっているのは和子お姉ちゃんか。どいつもこいつも、口が軽いな。
「平野先輩、お姉さんを泣かせてまで。そんなにまでして不倫の関係って継続させる価値のあるものなんですか? 」
「そんなこと、みっちゃんには関係ないでしょう? 」
「でも! お母さんが精神病院を出たり入ったりしているのでしょう? 育ててもらった子どもとして、先輩は心が痛まないんですか? 」
みっちゃんも相当しぶとい子だ。
「わかったわ、わかったから、もう、あっちに行って! 」
「え?  」
「もう、どこかに行ってって、そう、言っているのよ」
「平野先輩」
「みっちゃんがね、そこにいると、私が本を読むのに邪魔なのよ。邪魔だからだから言っているのよ。私はね、私の邪魔をする人間が大嫌いなのよ、分かるでしょう? 」
「分かりました、帰ります」
「ねえ、みっちゃん」
「何ですか? 」
みっちゃんは私のことを睨んでいる。
「みっちゃんも。高遠課長のことが好きなんでしょう? 」
みっちゃんは真っ赤になった。正直な子。
「高遠課長も奥さんと、娘さんが二人いるのよ。自分のことを棚に上げてよく、私に大きい口がきけるわね」
みっちゃんは下を向いてしまった。
「みっちゃんと、歳の変わらない娘さんがいるのよ。でも、好きなんでしょう? だから、今、だまっているのよね? 」
だんだん、嫌な女になっていく。
「私と高遠課長とはつきあったり、そんな仲ではないですから。平野さんと一緒にしないでください。不愉快です」
「でも、高遠課長にホテルに誘われたら、ほいほい着いて、行くんでしょう? 」
みっちゃんは、首を横に振った。
「私は、絶対に」
「ゴキブリが箱の中にほいほい入って行くようについて行くと思う」
「行きません! 」
「強がってもだめよ。男について行くって、みっちゃんのその顔に書いているもの」
「だから、平野先輩と一緒にしないで下さいって言っています」
「あのね。所詮、紙一重じゃないの。わかったら、これからは私に意見しないでちょうだい。分をわきまえなさい。私みたいな愛人になる予備軍はいっぱいいるってことを、覚えておくといいわ」
「私はそうは、なりません。円香先輩みたいに祝福されて結婚したいと思っていますし、そういう道を選びますから」
「まあ、頑張って」
みっちゃんは、もう、何も言わずに帰って行った。
文庫本の続きを読もうと思ったら床に落としてしまった。厚くて重い、その本のタイトルは「恋」
恋に狂うことが出来る人間は最高に幸せで最高にどうでもいい人生しか歩めないってことに、そろそろ、私も気がつき始めていた。
奥さんさえ私の言うことに従ってくれたら。いつも思う。私も円香ちゃんみたいな寿退社が出来たのに。そう思うと悔しくて仕方がない。 
 
十八歳年上の徹男さんと私、今は二人とも無職だ。
会社をクビになってからずっと、アルバイトだけで食いつないでいる。私は実家にいるからあまり不自由はしていない。父は毎日呆けながら暮らしていて、私を、準子と呼んでくれることもなくなってしまった。
母はみっちゃんの言うとおり、入退院を繰り返している。姉二人は嫁ぎ、私には寄りつかない。
母が精神病院に入院したら一番上の姉率先して世話をしてくれている。家には父と年子の兄と末っ子の私だけが残った。
徹男さんの二人の息子さんは、今、三十七歳と三十四歳。
徹男さんは、長男の方に扶養されている。私と徹男さんの恋愛は長男くんが六歳、次男くんが三歳のときに始まった。
離婚してもらうには長男くんも次男くんも邪魔な存在でしかなかった。
正直に言うと、殺してやりたいと思ったことも何度もある。次男くんに胸ぐらを掴まれて、
「今すぐ、お帰り下さい」
脅されたこともある。
「こんなところまで来るなんて、厚かましい女だな!  馬鹿親父もこんなわがままな女のどこがいいんだか」
吐き捨てるように言われた
「話を曲げないで。わがままを言っていつになっても離婚に応じないのはあなたのお母さんの方でしょう? 」
長男に扶養されている徹男さんは時々、奥さんや長男の財布からお金をくすねて、私に会いに来てくれる。
私も、時々、アルバイトをしてある程度たまったら二人でラブホテルを転々とする生活を送っている。 
 
突然みっちゃんから、電話が掛かってきた。
「平野先輩のことが理解出来るようになった気がするんです」
なにかと、思えば。それって、どう言う意味だろう? と私は思った。
「それはどうも、ありがとう」
なんと言っていいか分からず、とりあえず、お礼を言った。
「平野先輩!  聞いて下さい。円香先輩って、酷いんですよ」
「円香ちゃん? 」
「はい」
「円香ちゃんと何かあったの? 」
「私が平野さんのことを話したんですよ」
「みっちゃんは、最近、円香ちゃんに会ったの?」
「円香先輩最近、一戸建ての家を建てたんですよ。待望の赤ちゃんが出来たからと言って」
「一戸建て、ふうん。すごいのね」
「私、新居に電話をかけたんです、それで、話していたら、木本さんと平野さんの話になったんですよね」
「なるほど」
そんなことを思いながら私はみっちゃんの話を聞いていた。
「私が、平野先輩は木本さんのことを純粋に好きなんですよ。私は平野先輩の気持ちを理解してあげたいです、円香先輩も平野先輩の気持ちを理解してあげてください!  って言ったんですよ」
そんな、幸せな奥様には理解は無理だろうと思った。
「それで、円香ちゃんはなんて? 」
「木本さんの奥さんの気持ちを考えると理解出来ない、理解する必要もない。って円香先輩は言うんです」
世間なんてそんなものだ。
「平野先輩!  よかったら一緒に呑みに行きましょうよ! 本当に円香先輩酷いと思ったわ! 」
みっちゃんの恋愛にも何か変化があったに違いない。この前まであんなに、私を批判していたくせに。円香ちゃんは、妻の座を手に入れた勝ち組の女になった。そして、急に私をお酒に誘うようになったみっちゃんは、きっと、負け組コースを歩み始めているに違いない。
二週間後。私とみっちゃんは日本酒の美味しい高級な焼き鳥屋でいっぱいやっていた。
「念願の赤ちゃん。円香ちゃんが羨ましい」
私が言うとみっちゃんは、
「円香先輩って何様なのかしら! 」
そう言って、みっちゃんは急ピッチで生ビールを飲み始めた。私は少量で千五百円もする大吟醸を味わいながら飲んだ。
「美味しい」
そう、呟いたら、少し切なくなった。今日は帰りたくない。
徹男さんを呼び出して、今夜はラブホテルに泊まろうと思った。
 

 


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