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能登地震 視察報告 ~ 永田町では聞き取れなかった現場の声 ~

2月23、24日の二日間、石川県七尾市、輪島市、珠洲市を回り、視察とヒアリングをしてきました。震災の爪痕は深く、途方に暮れるとしか言いようがない状況になっているところもあり、改めて寄り添い、そして丁寧な対応が望まれるということを確認させられました。やはり、現場では混乱や忙しさのために十分な対応がとられていないところが多く、様々な不安や不満を抱えている方がいらっしゃいました。

■ 被害認定の難しさ

その最も大きいものは自宅の損傷の程度判断に関するものでした。罹災証明書に表示され、その後の支援のメニューが決まったりするのですが、その判断に納得できず、再調査の申請が3割以上に上っていると地元の方に伺いました。
私も「一部損壊」と判定された住宅を2軒見に行きましたが、梁が裂けていたり、建物全体が二つに割れ、一方が前に傾いているなど、常識的に考えても修繕して住めるようになるとは思えない状況でした。
この判定はその後の生活支援金の額に直結し、仮設住宅に入れるかどうかにも影響するため、生活再建の計画を考える上で大事なポイントになります。にもかかわらず、この判定を出す今の基準は明らかにおかしいと感じました。ここは現状を国も汲み取って、改善していく作業が必要です。担当の副大臣に問い合わせたところ、「現地を確認した際、状況を正確に反映していない案件があった」と認識していましたので、引き続き注視していきます。

■ コミュニケーションの難しさ

そのほか、避難所の利用確認についても役所の認識と現場の受け止め方に齟齬があり、不安を生じさせていることもわかりました。
役所側は「避難所を出るかどうかの意向確認をした」と説明していましたが、実際に県からの電話を受けた人は「3/16で避難所を退去することになっています」と具体的に言われたと言います。「行くところがないので困る」と粘ると、「一旦保留」という形になるらしいのですが、そこまで強く言えない人は慌てふためいたり、危険を示す「赤札」の貼られている自宅へ戻ったりするそうです。珠洲市でお話を伺った方々は「3月末には避難所から出される」と思い込んでいました。
我々は制度や仕組みを議論しますが、それに加えて、現場で対応する方々がどういう態度や考え方で行うのか、被災者にきちんと情報が伝わっているかまで配慮する必要があると認識しました。

■ 「水道復旧」と「水道が使える」は別

今回、役所の説明だけでは現場の状況を十分に把握できないと改めて気づかされた話があります。
輪島市では3月中に水道が全市に復旧すると役所から説明を受けていました。私はこれを聞いて、市民は4月から水道を使えるのかと早合点していました。しかし、目の前の道路の下にある水道管に水が通っても、そこから自宅まで水を引き込むのはそれぞれ自己負担・責任となっています。
そして自宅敷地内の水道管が使えるのかどうかは、管をつないでみないとわかりません。被災状況からして、壊れているとみる方が妥当で、修理をして水圧をかけてみて大丈夫かどうかを確認しなければなりません。庭など自分で掘って確認することのできる場所にある管ならいざ知らず、建物内で壁裏の配管などは壁板を外さねばならないので、設備業をしていた私から見ても難度は高く、専門業者に頼まないと無理だと思われます。しかし水道屋さんなどは公共施設の工事に忙殺され、一般家屋まで手が回らないと言われています。自宅の水道の復旧は今秋過ぎだろうと諦めている方もいました。
ほかにも現場での話を伺い、永田町にいては気づけなかったことがたくさんありました。
特に輪島港と蛸島港の漁師さんから伺った状況については、この先漁港として復活し、漁業を継続できるよう、漁業改革を進めてきた私としても力を尽くしたいと考えています。

■ 能登という地理的な難しさ

今回の視察で終始気になっていたことがあります。それは被災地に人がおらず静かだということと、2か月たった現在もあちらこちらに被災直後の状況がそのまま残っているという違和感です。
東日本大震災や熊本地震、人吉球磨の水害など、かつて見てきた被災後の現場を思い返しても、重機が動き、ダンプカーが行き交い、片付けの人々が慌ただしく動き回っていました。ところが今回の被災地は静かです。
その根本的な理由は、能登半島奥の被災地に近いところに宿泊できる所がないからです。復旧作業員も金沢や高岡から4時間かかる道のりを往復しているそうです。ということは、現地での実働時間は3~4時間程度。作業の進捗が遅いため、発災直後から状態が戻らないのです。
この件に関しては視察前に現地から聞いていたので、内閣府防災担当にはボランティアを含む応援部隊の宿泊施設を作るように要請していました。先日、能登空港の隣接地に134人分の施設を建設するという発表がありましたが、それでは全く足りません。
今国会より、私は衆議院災害対策特別委員会の筆頭理事として、委員会の運営責任者として働くことになりました。今回現場で見てきたことをはじめとする多くの課題を一刻も早く解決し、被災された皆さんが安定や安心を共有し、将来へのビジョンが描けるような環境を創り出していきます。

視察のレポートはこちらから

駅でお配りしている『時報紙3月号 NO248-1』はこちらから。

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