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中絶は殺人なのか、悪い事なのか、という話

中絶は悪い事だけれども、中絶を選んだ母親は責められるべきではない。という話。
中絶は殺人だ、などとぬかす馬鹿がいてその事に傷つけられたなら、まず学んで下さい。それがおそらく心を支えます。


刑法212条堕胎罪

中絶は殺人じゃない。
刑法212条堕胎罪という「胎児を殺す罪」です。

だから中絶は「悪い事」だけれども
その「悪い事」の意味は他の罪とは根本的に異なります

なぜなら
刑法212条堕胎罪は
「生みたい母親を守る為」の罪であって
「生みたくない母親を責める為」の罪では無いからです。

だから、中絶を選んだ母親を責める事は、法の趣旨に著しく反します。

そこらへん、きちんと理解できていない人が多いので、以下に説明します。

民法3条:人とは


そもそも「人とは何か」
日本では、民法3条で「私権の享有は出生に始まる」と定められています。

つまり、「人」とは生まれて初めて人になる、という事です。

「人」は「人」を殺してはいけません。
これは「命」だからではありません。
人が「社会」の構成員だからです。

倫理の授業で「社会契約説」というのを習いましたね?
人は自然の状態では闘争状態になります。
「万人の万人による闘争」です。トマス・ホッブズ。
その為、人は社会を構成し、契約を結ぶ事で互いの人権を社会に保護して貰うのです。

社会の構成員の人権は保護されなければならない
故に、社会の構成員である以上、他の構成員の人権も尊重しなければならない。
だから人は人を殺してはいけない


自分が殺されないという保証を得る為に
同じ社会の構成員も殺してはいけないのです。
殺した場合は「社会によって」罰せられるのです。

ここまでが前提の知識となりますが、この時点で理解できていない人は、社会契約論から勉強し直して下さい。
高校の教科書に載っています。

権利義務主体


さて、民法3条により、「胎児」は人とは見做されません。
だから胎児を殺す行為には殺人罪は適用されません。

胎児は人ではないので、基本的には権利義務は有しませんが、ただし、一部の環境下においては、限定的に権利義務を有する存在として扱われます。
相続に関わる場合などです。

そこで、刑法は、胎児を殺す罪というのを作り、胎児の生命・身体を守る事にしました。
これが刑法212条堕胎罪です。

しかし、全ての中絶を犯罪としてしまうと、妊娠している母親はとても大変な事になります。

そもそも全ての妊娠が母親に望まれた妊娠とは限りません。
性犯罪による妊娠だってあります。
それに、妊娠に耐えられない身体の女性もいる。
妊娠出産育児にはお金がかかるので、そんなお金を持っていない女性もいる。

胎児を守る事と、母親の人権を守る事が、対立してしまう場合も多々あるのです。
母親が生きて幸せになる為には胎児を中絶しなければならない時もある。

限定された権利を有するだけの胎児と、完全なる権利主体である母親。
どちらが優先されるか。

日本では、母親が優先されると考えます。

そこで、一定の条件を満たす場合には、堕胎罪の違法性が阻却される事になりました。
そうしてできたのが「母体保護法」です。

母体保護法では、14条で、堕胎の違法性が阻却される場合を列挙しています。

日本で堕胎が許されるのは
・性犯罪による妊娠の場合
・妊娠出産が母体の身体上著しく困難な場合
・妊娠出産が母胎の経済上著しく困難な場合
の3つの場合だけです。

母体保護法14条


実は、この母体保護法14条については、いくつかの議論があります。

まず、経済条件。
お金が無いから生めない育てられない、という件。
これには、具体的な目安がありません。
その為、今の日本では「生みたくない」場合はすべて「経済上の理由」で堕胎してしまえば良い、という状況になっています。
運用上、刑法212条が骨抜きにされてしまっているのです。
そのせいで「日本は堕胎は合法」だと勘違いしている人がたくさんいます。

もうひとつ。
母体保護法は、胎児の異常を理由にする堕胎を認めていません。
胎児に障害がある事が判明すると、堕胎を選ぶ親が少なからずいますが、本来これは違法な堕胎になります。
彼等は「経済上の理由」で堕胎していますが、実際には裕福な夫婦でも堕胎している状態です。
これもまた問題視されています。

また、母体保護法2条では、堕胎が許されるのは胎児が出生後自力で生存できる可能性が無い時期まで、と定めています。

この時期は、医療技術によって変わってきます。
昔は妊娠8ヶ月まで堕胎が可能でした。
ですが今は妊娠22週(6ヶ月半)とされています。
今後も変わる可能性があります。

この時期については絶対なので、医者は、妊娠22週を超えた胎児を堕胎する事は
絶対にしません。
もしそれをやったら医者も犯罪者になってしまうからです。
(刑法214条業務上堕胎罪)

ここまでが日本における堕胎の現状です。

刑法212条~216条


ここから刑法212条に戻ります。

刑法212条は胎児を守る為の法ですが
同時に、母親を守る為の法律でもあるのが、複雑な所です。

というのも、女性が妊娠した場合、困るのは、女性だけではないからです。
むしろ困るのは、父親や祖父母である事の方が多いでしょう。

実際、子の父親が生む事を許さなかった、とか、母親の両親が生む事を許さなかった、とかで堕胎している母親は山のようにいます。

しかし法律は、本来、そのような事を許していないのです。

日本の法では、堕胎の違法性が阻却されるのは、あくまでも「母親の権利義務と衝突するから」です。

母親が出産を望む場合には誰もそれを止める事はできないし、無理矢理堕胎させる事は許してはいけない。

その為に、刑法215条で「不同意堕胎罪」という罪を設けています。
母親が生みたがっているのに無理矢理堕胎させたら懲役7年以下の罪になります。

刑法212条の堕胎罪は懲役1年以下ですから不同意堕胎罪がどれほど重い罪かはわかりますよね?

刑法212条堕胎罪というのは、法律が
「妊娠したら出産するのが原則」
「堕胎は基本的には犯罪」
と明確に定める事で
妊娠したいと願っている母親が無理矢理堕胎させられるのを防ぐ意味もあるのです。

そうした法律の背景を考えれば、「母親が堕胎を望んでいるのであれば」
例え法律上認められていない堕胎であっても罪に問うのは(母親が)可哀想だろう
という判断に至ります。

堕胎罪そのものが「母親を守る為の罪」であるなら、その本義を忘れてはいけない、という事です。

その為、日本では、堕胎の理由を捜査する為の公的な機関は存在しません。

それが、結果として堕胎が合法であると勘違いする人をたくさん生んでしまっているのですけれど
でも、堕胎は犯罪です。
やってはいけない悪い事です。
これは動かしてはいけない事実なのです。

でなければ、生みたいと願っている母親に無理矢理堕胎を強要する人間は後を絶たないでしょう。

まあ、実際に母親に堕胎を強要する男は多いんですけど、でも法律はそれを許していません。
医者はそれを理解しているので、母親本人が堕胎を承諾しない場合には絶対に堕胎手術はしないのです。

わかるでしょうか?

母親の幸福の為には堕胎は「罪に問われるべきでは無い」けれど

母親を守る為には堕胎は「悪い事でなければならない」んです。

中絶は悪い事です。
悪い事でなければならない。
誰よりも「母親の権利」を守る為に。

それは
「命が尊い」とか
「赤ちゃんが可哀想」とかいう問題ではありません。

完全なる権利主体と限定的権利主体の利害が衝突した時にどちらを優先するべきか、という問題であり

完全なる権利主体の権利を守る為に何を罪として定めておくべきか、という問題なのです。

故に、中絶を選んだ母親を責める事は、法の趣旨に反する行為ですし、権利義務という観点から見ても間違っています。

母親が中絶を望むのであれば、その意志は尊重されるべきです。
その決定に異を唱える事は誰にも許されません。
子の父親であっても、子の祖父母であっても。ましてや他人ならなおさら。

決定権者は母親だけです。

他人が口を出す事は許されないのです。


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