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【富山県】 金太郎温泉(二) 海の幸、ラスボスは〔あんにゃなます〕

「こんなにも充実した朝食、そう滅多に出会えるもんじゃない……」
 どの温泉旅館も、食事には気合をいれて提供しているものだと思うけど、金太郎温泉の朝食は、その土地の海の幸をふんだんに盛り込んでい、それどころか、
「これ、夕食よりさらに凄いんじゃね……?」
 ビュッフェ形式ではあるけど、その種類の怒涛さに、感動のメーターの針が振り切れた。

          ◯

 8時間にもおよぶ長距離運転もあって、前夜は秒で眠りにつけた。
 朝が到来し、幾らか残る眠気に、むにゃむにゃと食堂へ出向く。
 温泉旅館でお馴染みのビュッフェの光景で、スクランブルエッグやベーコンがある中でも、まず目に飛び込んできたのは、魚の形に整えられたかまぼこ。
「何これ、可愛い……!
 ついつい、菜箸へ手を伸ばし、数切れほどを皿に乗せてしまった。

金太郎温泉朝食

 プリンは宇宙の真理ともいえる至高の存在なので、トレーの中央に鎮座させた。
 温泉たまごは、シンプルに嬉しい。
 やさしい出汁につつまれた半熟のたまごを口へ入れると、ねっとり固まった黄身が、舌の上をなめらかに撫でてくれる。

温泉たまご

 でっかい麩を、ふわふわの卵でとじた品もよかった。
 甘めの上品なつゆを吸いに吸いまっくった大きな麩は〔車麩〕と云うらしいけど、その大きさゆえに、じゅわっと出汁が滲み出てくれるのだ。

 溶き卵を寒天に閉じ込めたような一品も、ちょいと一風変わっている。
 これは〔べっこう〕と呼ぶものらしい。なるほど、鼈甲(べっこう)のような縞模様とツヤだし。

〔押し寿司〕と銘打った品は、鯖のほぐし身を、ご飯でサンドした代物。
 いくらでも口の中へ放り込める。

 ニギスやホタルイカの丸干しなど、ご飯が加速するしかない塩味と旨味。

ニギスとホタルイカの丸干し

 サスの昆布締め
 カジキマグロとのことだが、昆布で締めたお刺身は、関東では見かけない。
 昆布に挟んでその旨味をお刺身へ染み込ませた一品だけど、それはすっかり魚の身としての弾力をなくし、その代わり、しっとりした歯応えに変わっている。
 若干、糸を引いていたりもするけど、これは昆布成分によるもの。
 これをご飯に乗せてお茶漬けにすると、さぞかし美味だろうという気がする。

サスの昆布締め

 とろろ昆布などは、なんと3種類も用意してあって、それぞれ、こんな説明書きが添えてあった。
黒とろろ……ご飯のお供に最高。酸味と歯応えが特徴
白とろろ……味噌汁にぴったりの、ふんわりとろける口当たり
納豆とろろ……納豆のような、ねばねば食感で、何にでも合う
 まじか……なんでとろろが、こんなにも種類豊富なんだ。

とろろ昆布三種

 これらの品々だけでも、胃袋の限界を恨みたくなるラインナップなのに、ここには密かなラスボスがそっとまぎれこんでいた。
 酸味の利いた、ブリのなますだ。
「やば。これ、いくらでも食べられる」
 酢漬けブリに内包される甘味と旨味との調和が優しい……。
 とろけるような歯応えに、大根とにんじんの千切りがしゃきしゃきと共演してくれてる……。
 ひとくち食べるごとに、その味わいを噛み締めないではいられない。

あんにゃなます

 これは当然、3皿くらいおかわりした。
「このブリの酢漬け、料理名の札がかかってない……名前、名前が知りたい!」
 ちょうど、初老のスタッフさんが通りかかってくれ、丁寧に、かつ誇らしげに説明してくれた。
「ええ、これはですね、〔あんにゃなます〕と云うんですよ」
 なます、は意味がわかる。そのものずばり、切ったものを酢で締めたものだ。
 でも〔あんにゃ〕とは……?
「あんにゃというのはですね、船頭の親方のような存在で、釣った魚をすぐ捌いて、大量の酢の中へ放り込んで作るんです。僕はね、酢の物が苦手なんですが、この〔あんにゃなます〕だけは大好物なんですよ」
 なるほど。後でそっと調べたら、あんにゃとは『お兄さん、年長者など』という意味だった。『兄者(あにじゃ)』が転訛したものかもしれない。

 この〔あんにゃなます〕、もっとがっつきたいところだけど、他ではどこで食べられるんだろうか。
 後で調べても、ネット通販ではみかけないし、また富山へ来るしかないのだろうか。
 あるいは、レシピを見て、自分で作るより他にない……のかもしれない。

          ◯

 旅の最後は、おみやげ。
 地元のコンビニでもよく見かける〔サーモンの寿司〕という感じのおにぎりがあるが、あれの元ネタは〔ます寿司〕で、富山名産ということを知っている。
 ちょい高いけど、製造元によって味わいが違うらしい。
 酢への浸かりっぷり、身のレア度、ご飯の締まり具合、などなど。
 富山駅の駅ビルあたりなら、きっと選択肢のある購入が可能と考えて、そちらへ向かう。
 駐車場へ入るべく、右折のタイミングを見計らっていると、背後から、
『ぷぉーん!』
 妙な音が聞こえた。
 クラクションにしては、一風変わっている音だなあ……呑気に背後を確認すると、
「やば! わたしの車、路面電車の線路へはみだしてた!」
 市内には路面電車が走っているわけだが、そんな珍しい交通機関には慣れていないので、うっかり進路を邪魔していたようだ。

 そんな路面電車から叱られるなんて、そうそう味わえない貴重な経験だと思う。
 そくさとハンドルを切り、車の位置を修正した。

 なお、その後に無事購入できたます寿司は、お店でもらったパンフレットによると、
・青山総本舗:全体のバランスは良いが、酸味が突出
・せきの屋:酸味は抑えめだが、甘味が高め
 だった。

 今度機会があれば、生食感が残る、レア度の高い製造元のを味わってみたいかもしれない。

青山総本舗のますの寿司

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