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引くに引けないオゴチソウ

足し算して出来上がる料理は多い。
他の店よりおいしく、他の店より贅沢にと足していくことを差別化とする調理人が案外おおい。
そんな中にあって「これ以上引いてしまうことができない」ほどにシンプルで潔い料理を作り続ける店もある。

例えば「牡蠣あえそば」という料理があって、ほぼ麺と牡蠣油にネギだけ。
具材らしい具は見当たらず、最初見たときには何か忘れ物をしてしまっているんじゃないかと心配にすらなるほどだった。

作っているのは嘉賓という店。

広東料理の気軽な店で、スタッフ間の共通語は広東語です。ペラペラのランニングシャツをきたおっちゃんがが奥で蝦雲呑を包んでいそうな気配があって、広東由来の料理を選んでたのめばおいしい。
麻婆豆腐とかエビチリだとか、日本人好みだからとりあえずメニューに載せておきました…、って料理も少なからずあってそれらをたのむと明らかに、気乗りのしない返事で応える。
けれど料理をたのんだ〆に牡蠣のあえそばを注文すると、にっこりしながら復唱をする。
よくぞ、注文なさいました…、って声の表情に自信を感じる。

ランチタイムには「これ以上引けないコンビのセット」があって人気者。
「おかゆと和えそばのランチセット」で、やってくるお客様の3人に一人くらいの割合で選ばれていくここの定番。

初めて見るとやっぱり「これ何か忘れているんじゃない?」ってビックリします。
お粥は白粥のようにしかみえないし、和えそばは具材も何にもなくて麺だけ。
乗せるべきなにか、かけるべき何かを忘れてしまったように見えちゃう。
麺を箸で持ち上げ、ひっくり返して混ぜてみても、中から何も出てこない。
麺に混じった刻んだ白ネギが具らしい具材で、ますます何かを忘れた感が強まっていく。
でもこれが完成品。

お皿にこんもり盛り上がる極細の麺はツヤツヤ、油で光る。
牡蠣油のおいしい香りが鼻をくすぐり先味となる。
麺と麺とはくっつきあってて箸を入れると塊のまま持ち上がる。
軽く捌いて一口分にして食べるも最初はもったりとした塊のまま。舌の上が熱くなりオイスターソースの味が広がり染み込んでくる。
あぁ、おいしいと思う間も無く、唾液を含んだ麺がバサッとほぐれはじめて口の中が騒々しくなる。
噛みます。
するとバッサリ歯切れて散らかる。
細い。しかも熱々なのにザクザク歯切れる食感がずっと持続するのです。
油の香り。油の中に混じった焦げたネギの風味やオイスターソースのコクに味わい。これ以上、引くと料理が成立せず、何かを足すとこの味わいが崩れてしまう絶妙なところで味が整っている。
アンモニア臭がするからかなりカンスイの強めの麺を使ってるんでしょう…、茹でるのでなく蒸してあっためソースとからめる。作り方も調味料もだいたい見当がつくから何度も真似て作ってみるのだけれどこんな風には絶対ならない。
シンプルな料理であればあるほど真似ることはむつかしいってしみじみ思う。

時間が経つにしたがって、麺の澱粉が固まりはじめモッタリ、食感が重たくなってくる。牡蠣油の旨味がどんどん重たく、濃くなってくる。
そこでお粥。
豚肉やピータン、魚とお粥の具材は何種類か。
中でも一番好きなのはエビ。下味をいれ粉を叩いて茹でて下ごしらえしたのがゴロンと入ったお米のポタージュ。
鶏がらスープのコクと旨み。生姜の香りに胡麻の油のドッシリとした風味がまじる。
味わいやさしくのどごしなめらか。
和えそばの旨味に疲れた舌がいやされるよき組み合わせ。

その和えそばに自家製食べる辣油を途中でかけまわし、ヒーハー味にしてお粥。
するとお米の甘みが引き立ち、口の中がスッキリしてくる。
ところでコレって、お粥が主食で麺がおかずなんだろうか。
それとも麺が主食でお粥はスープなんだろうか、と来るたび悩んで考えて、結局結論なんてでないから考えることがばからしくなり、食べることに集中をする。
あっという間に器の中は空っぽ。甘露でござる…、オキニイリ。


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