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『ようこそ!FACTへ』が人々をつなぐ

『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』(魚豊)が最終回を迎えました。
全30話であることが事前に公言されていたようですが、その噂を知らない方々からすると「打ち切りか?」と想像するのもうなずけます。本作はそれほどまでにこの現実世界の不可思議さに迫った作品であると言う事でしょう。見て見ぬふりをしてきた、覗いてはいけない陰謀渦巻く社会の姿を突き付けられたかのような錯覚に陥った方も居たかも知れません。

あらすじを簡単に要約すると、うだつの上がらない青年が陰謀論者にそそのかされて行く、というお話です。

以下の文章はネタバレ無しです。本作をお読みいただくきっかけになりましたら幸いです。

■銃乱射事件を起こす人と起こさない人

海外のとあるピザ屋店内で銃乱射事件が発生した描写からスタートする本作は、その後「人生が始まった気がしない」という感情に苦しめられ日々悶々と過ごす主人公渡辺くんの日常が描かれます。
そのため読者に「いつか渡辺くんが取り返しのつかない大事件を起こすのでは?」という緊張感が走ります。

渡辺くんがその後どのような人生を歩むかはぜひ本作をご覧いただきたいです。

現実問題として、銃乱射事件を起こす人と起こさない人がいる、というのが喫緊の課題ではないでしょうか。
日本では銃乱射事件は起きませんが、代わりにガソリンや刃物を使った大量死傷事件が稀に起こります。
犯人の動機は「世直し」であったり「怨嗟」であったりと様々でしょう。
共通しているのは、この現実と自身の考えとに齟齬がある、ということです。

渡辺くんが抱く「人生が始まった気がしない」という焦燥感。そして「すでに人生は終わっていたのだ」という絶望感は、この社会に一矢報いる動機となりえます。

大事件を起こしそうな人に、その考えを止めてもらうにはどうすればいいでしょう。それはこの社会に留まることの幸福を享受している我々の問題でもあります。
間違いなく言えることは、大事件を起こしそうな人に「ヤバい奴」というレッテルを貼ることは、大事件発生率を高めることにしかならないということです。

本作はこの問題に対してある一つの結論を提示しており、その点だけでも評価できる作品と言えるでしょう。

■陰謀論にハマる人とハマらない人

本作を読めば、陰謀論にハマる人とハマらない人は表裏一体であることが分かります。
どちらも「事実(fact)」を積み重ねていくことで、「これが真実(truth)」であると思い込んでいます。
つまり「事実」をどのように判断するかによって陰謀論者にもアンチ陰謀論者にもなるということです。

個人的にはどちらも思考が偏り過ぎていて不健全に見えます。
つまりどちらの「真実」も怪しく見えると言い換えることが出来ます。
本作に登場する陰謀論ワードである「ディープステート」ですが、「存在する派」と「存在しない派」とに分かれてしまい、それ以上話し合いが進みません。

僕の立場は「あるか無いかわからない」です。
都市伝説系youtuberが言うように影の政府があるのかも知れませんし、複雑なしがらみや過剰な忖度が生み出した実体の無い何かなのかも知れません。
そもそも一般市民である僕のところに、世界の真実についての情報が届くとは思いませんし。

そして強く「陰謀論は無い」と言い切れる人は、何を根拠にしているのかご提示いただければこの論争は終結します。
なぜ陰謀論やディープステートが無いと言えるのかぜひコメントをお寄せください。

■『ようこそ!truthへ』ではない

「fact」と「truth」は似て非なるものです。

「fact」は客観的な「事実」
「truth」は主観的な「真実」

本作が『ようこそ! FACTへ』である理由がここから推察できます。
つまり決して主観的な個人の解釈(truth)が重要なのではなく、事実(fact)の積み重ねによりたどり着いた決断こそが重要であるということです。
知らない誰かがどこかで発見した真実ではなく、あくまで事実を提示しなければならない。その事実をどのように判断するかは我々次第です。

本作を最後まで読んで僕が感じたことは、「自分の人生は自分で蹴りを付けなければならない」ということです。
どこからか調達してきた真実なんかじゃなく、僕が引き起こした、僕だけの事実に向き合い、それを受け入れること。それがとても重要だということです。

陰謀に巻き込まれているかどうかは調べようがありません。
でも生きていれば予期せぬ不幸に巻き込まれることもあるでしょう。
何かのせいにしたくなることもあるでしょう。
その事実とどう向き合って生きていくかが大事なんだと思います。
それは「陰謀論かも知れないと思ってしまう自分」や、もしくは「陰謀論なんか無いと現実に起こっている事に見て見ぬふりしてしまう自分」と向き合うことでもあります。

本作は、陰謀論者とアンチ陰謀論者が共生できる可能性を説いた稀有な作品かも知れません。
ぜひ多くの方にお読みいただきたい作品です。


(過去記事)『ようこそ!FACTへ』 陰謀論との接し方について

(過去記事)認知戦の凶弾で死なないために『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』

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