ジムの日

2019年冬。


たまたま東京に遊びに来た旧友に、今ワタナベエンターテインメントの養成所に通っていること、春からお笑い芸人になるかもしれないことを告げると、かなり興奮気味に喜んでくれた。



将来の夢が見つからなかった小学生の頃の僕は、夢を聞かれると必ず、「お笑い芸人」と答えてその場を凌いだ。


「(陰気なお前が)なれるか!笑」というツッコミを誘導して、真面目な話題をやり過ごすため。


陰気で生真面目で地味で現実的で保守的で、行動力が無くて新学期の自己紹介と日直の日と歌のテストが大嫌いで、黒板消しクリーナーの音で声がかき消される僕が芸人になれるわけないことはわかっていた。


しかし、言霊の力とは恐ろしい。嘘から出た実。
本当にお笑い芸人になってしまうのだ。



旧友はそのことを覚えていたようで、「本当に芸人になるとは思わなかった!!」と笑うと、(そりゃそうだ。僕も思ってなかったのだから)突然DAISOに向かい、色紙とペンを購入して僕にサインを求めてきた。家に飾るそうだ。そんな大袈裟な。



「テレビ出る時、絶対連絡しろよ!!!」



そう告げて三重へと帰っていった。あんなに熱い男だったのかと面を食らったと同時に、応援してくれる人がいると思うとなんだか嬉しくなった。




2021年秋。


僕は旧友にLINEした。


全国放送のネタ番組に出ること。収録に行ってきたこと。ずっと憧れだった人が、目の前で僕のネタを観て笑っていたこと。今週の金曜に放送されることを「!」を多用して伝えた。


なんて言ってくれるかな。えへへ。



返信はすぐに来た。



「仕事やで見れんわ。」



あれ…???



なるほど、なるほど…。そっちサイドの熱量は刻一刻と変わってく感じか…。1年半経ったもんね。なるほど、なるほど…。録画もしない感じか。了解、了解…。


浮かれてしまっていた…。何の結果も残してないのに1年半同じ熱量で応援してくれるわきゃないよな。一人で勝手にあの時の約束を果たした気になっていた。僕としたことが。そういうのには人一倍気をつけて生きてきたつもりなのに。


自分が送った文章のテンションの対比が痛々しい。とりあえず温度差を向こうに合わせるようテンションを修正し、きっと飾られていないであろうサイン色紙の行方を案じながら、「そっか…。残念。」とだけ返信した。


この1年半で彼を取り巻く環境が変わったのだろうか。就職したのだろうか。結婚したのだろうか。子供が生まれたのだろうか。いずれにせよ、さかざきまさきどころではなくなったということか。




2024春。


昨年の単独ライブを楽しみにしていてくれた大学時代の友人に、改めて中止にしてしまったことの謝罪と単独ライブの再開催の案内をLINEした。




「毎週火曜はジムの日なんだ。ごめん🙏




そのへんは学習済み。今回はこちらサイドの「!」を控えめにしておいてよかった。


大学時代の彼はジムなど縁がなさそうであったが、きっと環境が変わったのだ。なるほど、なるほど…。



今僕が必死に作っているネタは、もう彼らには届かない。


諸行無常。万物流転。有為転変。盛者必衰のことわり。言い聞かせて机に向かう。


いつの日か僕の発信する活動の数々が、この世界を回り回って彼らに届き、僕がお笑い芸人をやっていることを再認知してもらうことが密かな目標だったりする。


(今も人知れず同じ熱量で三重県で応援してくれていたとしたらごめんね…!)

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