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#23 兵庫県について

今回の問題

生産地・兵庫県について述べよ。

自分の回答

200字回答

兵庫県は日本酒・酒米ともに生産量が日本一である。宮水をはじめ、硬水を用いた飲みごたえある旨辛口の酒が多い。山田錦の発祥地であり、総生産量の60%は兵庫県産。室町時代には「丹醸」で知られる伊丹や池田で酒造が始まり、江戸時代には海運に便利な灘へと拠点が移る。寒造りや生酛造りなど、近年の革新的酒造技術の開発をリードしてきた。2018年に「GI灘五郷」、2020年に「GIはりま」が指定された。(194字)

回答の要素

生産量や酒質について
日本酒・酒米の生産量が日本一。1万石以上の大規模な酒造が多い。
山田錦の発祥地で、総生産量のうち60%は兵庫県産。酒米は自給移出タイプ。
硬水を用いた生酛造りに代表される、飲みごたえのある旨辛口。

歴史について
室町時代に、京都への交通がよく、水が良い米どころとして、伊丹や池田で酒造が始まる。
特に伊丹で醸造された酒は「丹醸」と呼ばれ、酒質が高く評価されていた。
江戸時代には、江戸への海運に便利な灘へと酒造の拠点が移る。水車精米など、当時から酒造技術が発達していた。
1840年ごろ、灘の櫻正宗の山邑太左衛門が灘の宮水を見つける。
三大杜氏の一つ・丹波杜氏は、灘・伊丹の酒造りに特化して、高い技術を誇った。
1906年に、灘の櫻正宗より、きょうかい1号酵母が分離された。
寒造り、生酛造りなど、近年の革新的酒造技術の開発をリードしてきた。
「灘の男酒、伏見の女酒」と並び称される清酒の代表産地。
2018年6月に「GI灘五郷」(神戸市灘区など)、2020年3月に「GIはりま」(姫路市など) が指定された。

回答の構成

・日本酒・酒米の生産量日本一
・宮水など硬水、飲みごたえある旨辛口
・山田錦の発祥地、60%
・室町時代:伊丹や池田
・江戸時代:灘
・寒造り、生酛造り、近年の革新的酒造技術
・2018年「GI灘五郷」、2020年「GIはりま」

回答の補足

江戸時代、伊丹で醸造された清酒は「丹醸(たんじょう)」と呼ばれた。1740年には将軍家の御膳酒となるほど、その酒質の高さが認められ、江戸へと大量に船で送られていた。

江戸幕府はその年の米の収量に合わせて、勝手造り令によって酒造りを奨励したり、減醸令(三分の一造り令など)によって醸造できる酒の量を制限したりしていた。1754年、米の値段が低落したことで幕府は勝手造り令を出したが、これをきっかけに酒をすぐ船積みできる灘に造り酒屋が集まるようになったという。

関連
#03 村米制度について
#15 山田錦について

他の回答

先人たちの回答

兵庫県は日本酒も酒米も生産量日本一の日本酒県である。酒米の生産量は国内の28%で、山田錦発祥の地であるため山田錦は国内の58%を生産。酒米自給移出タイプ。「協会1号酵母」が分離されたのも灘の酒蔵だ。酒造りは室町時代までさかのぼり、当初は伊丹や池田で造られた。日本三大杜氏の丹波杜氏は、江戸期に最高レベルの酒造技術を誇った。酒質の特徴は硬水である「灘の宮水」の生酛仕込みに代表される飲み応えある辛口。

すしログさん
https://sushi-blog.com/sakelog/sake-diploma-essay/

酒米の王と呼ばれる「山田錦」の発祥地であり、日本一の日本酒生産量を誇る県である。寒造り、生酛造りなど、近年の革新的酒造技術の開発をリードしてきた実績もある。19世紀には灘の宮水が見つかり酒造りは隆盛、「灘の男酒」と呼ばれた。きょうかい1号酵母が分離されたのも灘の酒蔵からである。硬水を用いた生酛造りに代表されるように、飲みごたえのある旨辛口の酒質が特徴的である。酒米自給移出タイプ。

えすにっくさん
https://ethnicsake.blog.fc2.com/blog-entry-165.html

参考文献

J.S.A SAKE DIPLOMA 教本(Third Edition)p. 136,137
小野 善生, 清酒製造業における革新Ⅱ: 南都諸白から丹醸そして灘酒に至るイノベーションの史的考察, 滋賀大学経済学部研究年報, 2022, 第29巻, p. 1-25
日本経済新聞, 兵庫・灘の酒、キレの秘密は奇跡の「宮水」- 湧水守る取り組みも, 2014年3月16日, 閲覧2023年9月28日
剣菱酒造株式会社, 剣菱の歩み, 閲覧2023年9月28日
菊水酒造, 日本酒物語 第八話:伊丹から灘へ, 閲覧2023年9月28日

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