臨床で「大事にしている言葉」はありますか?
だいぶ寒くなってきましたが皆さんいかがお過ごしでしょうか?なんか珍しく爪の付け根から血が出てしまい、以前はこんななかったのになと歳を感じております。痛い…。
以前、クライエントとの関りについてなんか綺麗にまとめようとして上手くまとまらなかったなーなんてことを考えていました。たぶん、それは現場だとそんなに小難しく考えながらいろいろなものごとに対処している感覚よりは、日々あわただしい中でなんとか乗り切っている感覚のほうが強いからだと思います。
バタバタとした、慌ただしい臨床の中で行動の指針となるのは小難しい話よりも、自分の中にふと出てくる言葉のような気がします。
2022年の年末にNHKの100分で名著で、精神科医の中井久夫さんの特集があったのですが、斎藤環さんはその中で中井久夫さんの表現の仕方を「箴言知」と表現していました。「箴言」とは教訓の意味をもつ短い言葉、格言といった意味があるようです。
こういったふと思い出す箴言は臨床の現場にいるときは大事だなと思うことがあります。今回は何個か私の大事にしている箴言というか言葉みたいなものを挙げていこうかと思います。
「本人のいないところで本人のことを話さない」
これはオープンダイアローグを行う中で大事にされている言葉です。オープンダイアログは簡単に言えば当事者も支援者も対等な立ち位置で対話をしていく精神医療の技法です。詳しくはこちら。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/thcu/8/1/8_42/_pdf/-char/ja
また対話実践のガイドラインも出ていてこちらもわかりやすいです。
精神科でなくても本人のいないところで本人のことが話され、そして本人がいないところで何かが決まるということが多いと思っています。本人の意見がどのようにしたら反映されるか、色々と悩むことも多いですが、この言葉は臨床で大事にしている言葉です。
「医者は患者の弁護士である」
私は医者じゃないですが…笑。作業療法士に置き換えても問題はないと思います。精神科の研修の時に聞いた言葉ですが、どうもフロイトの言葉で、中井久夫がよく引用していたようです。
患者を支配したいという気持ちは気を付けていても無意識に起こるものだと思います。特に病院などの医療機関にいると管理といったところも大事になるとも思うので葛藤もあるのではないでしょうか。
私ももちろん葛藤がありますが、最終的に「患者の弁護士」でいられているか、ということを意識しています。
「最後は本人のためのサービスだから」
これは、多職種での事例検討で私が発表したときにやり手のソーシャルワーカーさんから言われた助言です。サービスを調整する際には本人のこと以外にも家族の方、支援者、色々なことを考えなければならないです。しかし、最後の最後、もう一度、本人のためになっているのかどうか、確認が大事だと思っています。退院調整が難航したり、家族や支援者で色々な対立があるときにふと思い出す言葉です。
「人をせめずに、しくみを責める」
私は仕事の効率化、とか、仕事に向き合う姿勢みたいな本はあんまり好きではないんですが…笑。たまたまもらった「トヨタ仕事の基本大全」にこの言葉が載っていて、なんか頭をはなれないんです…笑。
医療現場でのインシデント報告などが注意不足とか本人を責めるようなものにややなりがちだったり、あの患者さんやる気ありません、と患者さんを責めるようになったり。原因を内に求めすぎてると思ったときにこの言葉をふと思い出して、原因を外に求める方に気持ちを切り替えます。
意識していても何かあると人を責めがちなものです。これは自分が自責しすぎているときにも思い出すこともあります。
大事にしている言葉はありますか?
私は今のところ時折思い出す言葉はこんなところでしょうか。まあいっぱいありすぎても思い出せなくなると思うのでこれくらいがちょうどいいでしょう…笑。
是非、皆さんの「大事にしている言葉」を教えてください。では、寒くなりますのでお体お気をつけて。
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