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それぞれの「当たり前」

3月末、セマナサンタの1週間休暇中に4日間、以前お世話になった語学学校のW先生のもとで、スペイン語を学んだ。
上の写真はその町の中心にある教会。
満月と真っ白な教会がとても綺麗で写真を撮ったが、私のiPhoneの寿命を感じる一枚となった。

W先生は外国人慣れしており、学生のレベルに応じて分かり易いスペイン語を話し、エルサルバドルの社会のことも積極的に授業の議論で取り入れてくれる。
もちろんスペイン語を少しでも上達させたいというのもあるが、冗談好きで教育熱心なこの先生と会話をしたくて再訪したというのも大きい。


授業中、唐突にW先生から質問を受け、雑談が始まった。

W「日本では子供たちが一人で暮らしたくなったら暮らすことは可能なの?」
私「日本では未成年は一人暮らしができなくて、20歳以下は親の同意が必要になるよ。高校生で事情があって一人暮らしする人はいるかもしれないけど、親権者の同意が必要になるはず。あと、経済的にも厳しくなるから基本的には高校卒業までは親と暮らしてるかな」

W「子供が働きながら学校に行くということはないの?」
私「働く高校生もいるけど、生活費や学費の為って子は少ないと思う。中学生以下の子供については日本では雇うこともできないよ。」

W「日本の多くの子供たちは働かなくても家庭の経済的な問題がないの?」
私「貧しい家庭はある。ただ、あと、貧しいといっても子供が働かなくてはいけない程貧しい家庭は日本ではそんなにないと思う。そこまで困窮している子は国の何かしらの支援に当てはまるはず…
エルサルは子供たちが働く姿をよく見かけるけど、取り締まりはないの?」

W「エルサルも一応法律で児童労働は禁止されているんだけどね。かといって規制されても生活が苦しいから働かざるを得ない状況かな。」

私「小学校が午前と午後の二部制になっているのは、先生に対して児童数が少ないからだと思ってたけど、実態は子供たちが労働をするためだったりする?」

W「もちろん全ての家庭が当てはまる訳ではないけど、そういう家庭は多いよ。店や畑を手伝ったり。僕自身も子供の頃は学校以外は農作業を手伝わないと仕事が回らなかったからね。二部制がなくなったら反対する親は多いんじゃないかな。」


子どもが働かなくても生活が成り立つのか。何故なのか。

恐らく日本にいたらなかなか受けない質問だと思う。

高校まで働かず、勉強か部活動をして過ごした学生時代。
当然のように過ごしていたけど、国が変われば当然ではない。
そもそも「日本でそこまでの貧困層はあまりいない」と回答したが、それも自信はない。見えていなかっただけかもしれない。
W先生は純粋な興味として質問してくれていたので、私の知る限りを話したが、不用意な発言をしてしまっていないだろうか。

*
今回の滞在中、先生のお母さんの家に宿泊させてもらった。
W先生は一軒家に妹と姪の3人で暮らしており、家賃は先生が負担している。家賃が月額は110$と聞き、思わず「安い」と口をついてしまった。

「あなた達にとってはね」

責める意図はないだろうが、この言葉が胸に刺さった。
平均月収300$の110$は決して安くはない。
半年以上ここで生活していて、エルサルへの理解が深まった気になっていたが、まだまだ自分の想像力の乏しさに反省した。

自分の「当たり前」が相手を傷つけてしまわないか不安になる。
無知で人を傷つける時は悪意がない分、時に人の心を酷く抉ってしまうのではと思う。

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