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実名の価値

ヒトシンカさんと、とある人のツイートを見かけて、少し思う所があったので軽く書いてみる。

https://twitter.com/hitoshinka/status/1555850669625446402


きっかけはラブライブ


発端となった、いつもの迷惑集団(フェミニスト)による難癖については、別段語る事は無かったりします。

よくもまあ毎度毎度オタク(と彼女ら彼らが認定した人達)への嫌がらせのネタを思いつくモンだとか、作品自体では無く表立って反論し辛い企業を集団で攻撃する辺りに反社みを感じるとか、服の股が云々といった「ここがイヤらしいんだ!」という指摘(難癖)を聞いたりフェミニスト達が「イヤらしい!」と感じる理由を説明されても分からない様な描写に反応してしまう所に「性感覚が中学生並ですね」という小並感な感想が浮かんだりとか、自身の萌え絵アレルギーに共感を強要してくる辺りが本当うんざりするとか、良く言えば特殊で悪く言えば異常な感性は申し訳無いけど一般的な感覚とは程遠いしその悪い意味でヤバい感性と感情が通用するのはせいぜい仲間内とか理解ある彼くん彼女さんだけだという事をいい加減理解して欲しいとか、いやそもそも理解する事が出来ないからフェミニズムをキメちゃってるんだとか、そういった月並みな感想はあったりするのですが、今回の本題ではありません。

そもそも論として、「実名顔出しで活動する事に価値はあるのか?」という事について、です。


実名と顔自体に大した価値は無い


冒頭のツイートであった、とある実名至上主義の人達による匿名批判なんてのは、それこそ十数年も前からあったりするありきたりな代物だったりします。
「匿名の人間達による卑怯な誹謗中傷」
「匿名は卑怯で卑劣、堂々と表に出て物を言え!」
「匿名だから好き放題言えてるけどどうせ顔出しも出来ないんだろ?w」
みたいな。まあ良くも悪くもありがち且つ普遍的な批判ですね。

僕自身が匿名の卑怯者なのでポジショントークになりがちではあるのですが、「実名で顔出しをしている」という事実は、別に表現の正当性の担保にはならないと常々思っています。

堂々と「自分」を表に出しているからまともな事を言っている(言える)、なんて世迷い言は、数多の実名顔出しな政治家・ネトウヨ・自称リベラル・フェミニスト・社会学者・マスコミ関係者・新聞記者らがネットの海に吐き捨てたクソみてぇなヘイト引用すらしたく無い暴言のデブリが証明しているじゃないですか。
「口や品性や性格が悪い奴はどんな立場でも言いたい事を言ってしまう」という事をね。

匿名の利点としては、「日付跨いでIDが変われば別人になれる」とか「平気で嘘をつける」という点があるとは思います。
思っても無い様な事を適当に書いて真面目な人達を煽って遊んだり、どっかの青識みたいに逆の立場に成りすましてヘイト煽ったりとかね。
そこらのゴミみたいな荒らしとか、一昔前の街宣右翼みたいな事を、匿名の仮面を被ってしまえば平然と出来てしまう訳です。
勿論、一般的な倫理観があれば、例え匿名のそこらの名無しでも、そんな事はやらないんですけども。

逆に言えば、匿名の利点なんてのはその程度だったりします。匿名だろうが実名顔出しだろうが汚物を口から糞する人間はしてしまうので、「どっかのバカがアホな事を言っていた」「あのバカ(特定人物)がアホな事を言っていた」という些細な違いしか無かったりします。

いやまあ日付を跨いだり自宅のWi-Fiの電源をON/OFFすれば別人として産まれ変われる匿名と違い、過去の下衆発言をいつまでも粘着質なネット民に蒸し返されがちな実名人からすれば「匿名は卑怯だ!」となるでしょうしそう思う気持ちも分からなくも無いのですが、「だったら下衆発言や外道言動をしなければ良いのでは?」という、身も蓋も無い正論で終了です。

というか卑劣な匿名人である自分ですら、ここやSNSのアカウント等ではそれなりに発言に気をつけてはいるので、よくもまあ名前も顔も職業も所属団体も晒している様な人がトンデモ言動出来るものだと、つくづく悪い意味で感心しますよ、マジで。


匿名の実名には価値が無い


更に身も蓋も無い話をしてしまれば、仮に僕が竹本源五郎(仮)という本名を明示した状態でこんな文章を書いたりした所で、表現を生業としていない僕の竹本源五郎(仮)という名義に価値なんて無いです。

普通に生活したり仕事したり結婚したり就職したり会社に勤めたり転職したり商売を営んだりしている、その他大勢の一般人共の本名とか顔面を明かした所で、自身の名前を売りたい人達とは違って何の得も無いし、ゼロどころか寧ろマイナスしか無い訳で……

そんな代物を執拗に要求して、受け入れられないと怒り出したりドヤ顔で愚弄してくる人達って一体何が目的なんでしょうね?
「自分は自分自身を売っている」事に優越感を感じたいのか、それともただの恫喝か。どちらにせよロクなもんじゃありません。

相手の土俵で戦う必要も無いし


そうは言うてもやっぱり実名で顔出している人達には一定の説得力(と責任)が生じるのもまた事実ですし、どっかのバカの正論は無視されてあのバカの暴論が持て囃される、なんて事はしょっちゅうあります。

言論含めた表現バトルでは、実名顔出しというのは知名度・認知度という意味でも結構なアドバンテージで、本来であれば、どっかのどこぞの卑劣匿名者の戯言に負ける訳が無いんですよね。丸腰の相手に武器持って相対している様なものなので、少なくとも一対一の表現バトルでは実名さんの方が圧倒的に有利。

にも関わらず、匿名を捕まえて俺たち実名人種のフィールドに無理矢理呼び込んで勝負をしようとしている時点で、「ひょっとして表現バトルで負けるかもという後ろめたさがあるから、自分達が得意とする場で勝負しようとしているのでは?」という疑いを持たざるをえません。

というか主張の正当性を言論で競い合う勝負の最中に「表に出て直接殴り合いしようぜ!」的な事を言い出してくるという行為自体が、言語力でバトってる最中に実名という名の腕力を誇示してくるヤバい人みたいで、野暮というか野蛮じゃないですか。

そんな輩が得意とする土俵で戦う必要は無い、実名至上主義者は勝手に名前出すなり顔出すなりして表現してろ、と負け犬の遠吠えをして立ち去るのが吉である、というのが匿名の卑怯な名無しの一人、としての結論です。我ながら身も蓋も無い……

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