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フランス語学習日記③〜中級編

2020年4月〜8月 レベル: A2-B1
コロナが登場したところで終わった前回の続き。

今や日常となったこのパンデミックの始まりにより、私は失業し、楽しく通っていた語学学校も行けなくなり、ほぼ決まっていた渡仏計画も一度白紙となった。Oh là làと言ったところである。

4月〜5月頭は日本は緊急事態宣言が出ていて、フランスもこの時期はキツめのロックダウンが敷かれていたと記憶する。

そんな状況でステイホームという言葉が流行り始め、その増えた在宅時間でやれ語学の勉強でもするか、といった人も一定数いたと思う。もちろん私も!....とはならなかった。普通に鬱気味だった。ただでさえ春は苦手なのにこの有様である、封じ込め失敗からの給付金も出ずアベノマスクとか言い始めたところで私の気力は限界を迎えていた。ちなみに2月時点でいち早く失業状態だったのを機に近所の保育園で働き始めたものの、こんな密状態でいつ感染するんじゃないかと想像して恐怖で夜中に延々と泣いたことあった。

勉強のモチベーションが出ない時、私はどうするか、
①ちょっと無理してでも始める。やる気がなくても少しでもやり始めると不思議とやる気は出てくるもの。
②開き直る、何もやらない。今は休むのが仕事。

経験上私は大方②だ。この時期に熱中したのがピアノだった。10年以上のブランクでほぼ何も弾けないぐらいのところから、一からハノンをやり込み、ショパンの幻想即興曲を弾けるくらいまでになった。これは今思えばよい時間の使い方だった。フランス語より先に音楽という共通言語を習得できたし、どうせこの後のフランス生活でもロックダウンになるので、在宅趣味を肥やしていて良かった。

フランス語に関しても、全く何もしてないわけではない。YouTubeを見たり。

ちなみにこの2人は日本よりフランスにおいて知名度が高い。こちらに来て、友達との話題作りに何度彼らの動画を使ったことか。フランスに来てから受けた会社主催の文化研修でLouis-sanの動画を見させられたこともある。日仏の文化の違い、フランス語のくだけだ表現も学べるし、今でもこうしたフランス日本系ユーチューバーの動画はよく観ている。

ゴールデンウィーク明けくらいから週一の語学学校も復帰したが、日々の労働で疲れ果てていて勉強時間は前よりかなり少なくなった。(自分の大きな弱点として、体力がない。)それでも宙ぶらりんになった渡仏をなんとなく視野に入れつつ、前回参照した参考書に加えて使っていたのがこれら。

「日常フランス語会話ネイティブ表現」は、同じ意味でも何パターンも用意してくれているのがよい。ただ、日常会話といってもちょっと堅めの表現が多いのかな?とも思う。(今主に子どもたちとばかり話しているのでそう思うかも。) ビジネスとかだったら役に立ちそう。

「仏検 準1級・2級必須単語問題集」
これは、前回の上級版。3級、4級がワンフレーズだったのに比べ、長めの文章がでてくるので、長めのディクテや読解にも使える。


こんなかんじで、劇的な進歩はしなかったものの、何となーくフランス語に触れながら、6〜7月ごろにはオペアビザというものを取得した。(これも直前まで取れるのか分からなかったけど意外とすんなり取れた....)  とは言え、本当に入国できるのか直前までよくわからなかったし、当時全く普及していないPCR検査を受けなければならなかったり、この未曾有の事態に語学どころではなかった。とにかく情報がない!旅立ちの実感というよりは「本当に現地に着くの....?」とよく分からないまま日本を飛び出してきた。

ちなみに当時日本で、無症状でPCR検査を受けるのに2〜3万円した。フランスはすでに無料で検査が受けれるようになっていたと思う。私が使った航空会社の指示もあり、あと入国できるかの心配もありなくなくお金を払って変な夜間にやってる倉庫みたいな病院でPCR検査を受けた。(日曜夜の便ということと、72時間以内という制限のためここでもちょっと苦労した) こちらに来てみて、フランス人が5ユーロ(600円)のPCRに無料でないと怒っているのをみて、ああやっぱりフランス人はケチだなぁと思うと同時に、この精神が日本人に決定的に欠けている、嗚呼奴隷根性、とつくづく思った。


8月下旬、ガラガラの飛行機で日本を発った。行きの飛行機ではかなり話題になっていたにもかかわらず観ていなかった「愛の不時着」を観てすぐにハマった。15時間ほどぶっ続けで韓国語を聞き続けたところで、パリ、シャルル・ド・ゴール空港に到着した。あれほど心配したのに2秒ほどの入国審査であっけなく、いよいよ、フランス生活のはじまりである。

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