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虞美人草(ぐびじんそう)

逆に立てたのは二枚折の銀屏である。一面に冴返る月の色の方六尺のなかに、会釈もなく緑青を使って、柔婉かなる茎を乱るるばかりに描いた。不規則にぎざぎざを畳む鋸葉を描いた。緑青の尽きる茎の頭には、薄い弁を掌ほどの大きさに描いた。茎を弾けば、ひらひらと落つるばかりに軽く描いた。吉野紙を縮まして幾重の襞を、絞りに畳み込んだように描いた。色は赤に描いた。紫に描いた。すべてが銀の中から生える。銀の中に咲く。落つるも銀の中と思わせるほどに描いた。――花は虞美人草である。落款は抱一である。
『虞美人草』夏目漱石

歌から知る花の名前もあれば、文学から知る花の名前もあります。虞美人草(ぐびじんそう)もその一つです。

夏目漱石の同名小説『虞美人草』、こんな印象に残る表題ですが、実はあまり意味も考えずにつけたとか。連載前の予告文にも「花の名を拝借して巻頭に冠らす事にした。(中略)余の小説がこの花と同じ趣をそなうるかは、作り上げて見なければ余といえども判じがたい」と記していたそうです。

たしかに、作品の中にて虞美人草は、長編の最後になって、屏風の絵として出るのみ。ただこの作品には、虞美人草に限らず、薔薇や椿やシテ辛夷、浅葱桜、二人静などの、さまざまな花が登場するんですね。そうした数々の花もまた、この作品の景色に深い印象を残していたなと記憶しています。

漱石がはじめて手掛けたという長編ゆえ、後半になるとちょっと疲弊がのぞくような気もしますが、花好きだった漱石の一端に触れることが出来るという視点においては、とっても楽しめる作品です。よかったら。今日もいちりんあなたにどうぞ。

グビジンソウ 花言葉「休息」

虞美人草(ひなげし)

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