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紫雲英(げんげ)『草枕』

この二日間で、夏目漱石の『草枕』を読み直しました。あらためて、春の最終に、この作品を読めたのは季節がよかった、と思いながらの読了です。

『草枕』にかぎらず、漱石の作品には数多くの植物が登場します。その数ざっと150以上ともいわれますね。「漱石には、とくに師と呼べるような人がいなかったため、自然はまさに生涯を通じての師だった」といった趣旨のことが、古川 久著『漱石と植物』のなかにありました。なるほど。ほかにも、漱石と植物の関係については数多の論評があるようですから、いつか触れてみたいと思うこの頃です。

さて『草枕』、冒頭は世に知られる「智に働けば角が立つ…」ではじまり、そこから春をはじめる菜の花、蒲公英が咲き、椿、木蓮、海棠、木瓜らへと咲き継ぎます。そうして花とともに春から夏へ、季節もゆっくり流れていく。そう、川面にゆらぐ花筏のように。

とりたてて何か目的があるとも思えぬ作品、とも言えますが、読み終えてみれば、まるで一連の絵巻物をみるようだったな、とも。また当時に作り続けていた俳句や、好んだ漢詩からの影響、自然植物への敬愛が見てとれたのは感心で、なによりそれらに散りばむ漱石の視覚的な感受性には、とても興味を惹かれました。

そして最後にあらわれたのは一面の紫雲英(げんげ)。画家になり替わった漱石が眺めた、鮮やかな紅の滴々。よっぽど春を愛した人だったのだろうなと、とても印象に残りました。どうぞよい連休を。今日もいちりんあなたにどうぞ。

女は黙って向うをむく。川縁はいつか、水とすれすれに低く着いて、見渡す田のもは、一面のげんげんで埋まっている。鮮やかな紅の滴々が、いつの雨に流されてか、半分溶けた花の海は霞のなかに果てしなく広がって、見上げる半空にはそうこうたる一峰が半腹から微かに春の雲を吐いている。
夏目漱石『草枕』

ゲンゲ 花言葉「私の苦痛をやわらげる」

鮮やかな紅の滴々


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