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ラジオドラマ「稲村ジェーン2021~それぞれの夏~」書き起こし

※始めにお読みください
 2021/08/23-08/26にニッポン放送で十分ずつ、2021/08/29にTOKYO FMで一時間特番として一挙放送されたラジオドラマ版「稲村ジェーン」の録音音源を基に書き起こしたものです。
 前提としてニッポン放送版の音源ベースの為、「第一話~第四話」の表記があります。TOKYO FM版で差異がある箇所は括弧書き等で追記しました。
 所々筆者がフィーリングでニュアンスを書き足しています。「ここは明らかに違うだろ!」という箇所があったとしても、各自で補完して頂ければと存じます。


ラジオドラマ「稲村ジェーン2021~それぞれの夏~」書き起こし
2021/08/23(Mon.)第一話
 
 (開幕「希望の轍」、地の文はヒロシ(75)の語り)
 
 潮風、波の音……何年ぶりだろうか。私は、ロングボードを抱え、海に近づく。
 (夢を乗せて~♪)
 女の子「ちょっとー、ちょっとー!おじいさーん!まさか、波に乗るんじゃないよね?」
 (明日への旅~♪)
 青いノースリーブのワンピースを着た若い女性が、私に声を掛ける。
 (通り過ぎる~街の色~♪)
 女の子「そんな長いボード抱えて、大丈夫?波、めっちゃ荒いよ!?」
 (思い出の日々~♪)
 波打ち際を走ってくる女性。ウェーブの掛かった髪が、風に揺れ。
 (迫る~♪)
 女の子「……っ、はぁ、はぁ(息切れ)……おじいさんサーファーってなんか悪くないけど……どうしたの?私の顔、じっと見て。」
 (「希望の轍」フェードアウト)
 驚いた…………似ていた。波子に――似ていた。
 
 今から五十六年前……そう、一九六五年。東京オリンピックの翌年。
 私は、この海岸でひと夏を過ごした。波子と。
 そして、確かに見たんだ。龍を。海に浮かび上がり、天空に消えていった、龍を。
 (波音の後に「希望の轍」サビ)
 もう一度、見られたら。もう一度。
 それにしても、あの夏は……暑かったけど、短かった。
 (「希望の轍」一番のサビ終わりまで流れる)(TOKYOFM版は二番サビ終わりまで流れる)
 暫く波乗りを楽しんだ後、車に戻ると。
 
 女の子「格好良かったよ。」

 (言い終わると「美しい砂のテーマ」が流れ出す)
 あの女性がまだそこにいた。
 女の子「うっわ、めっちゃボロいねこの車。でも可愛い。何て言うの?」
 ヒロシ(75)「ミゼット。」
 女の子「(くすくす含み笑いをして)なーんだ、喋れるんだおじいさん。(ハッとして)ねぇおじいさん、さっきさ、おじいさんがサーフィンしてるのを動画で録ったんだけど、これ、Twitterに載っけて良い?めっちゃ格好良くて、マジビビった。やるねぇおじいさーん?」
 ヒロシ(75)「おじいさんおじいさん言うな!」
 女の子「いくつ?」
 ヒロシ(75)「ああっ!?」
 女の子「年!」
 ヒロシ(75)「しちじゅうごだ!」
 女の子「おじいさんじゃーんw」
 ヒロシ(75)「えっ……まっ、まぁ……」
 女の子「ねぇねぇねぇ、乗っけてってくんない?稲村ヶ崎の駅まで。なんか歩くの疲れちゃった。」
 ヒロシ(75)「それが人に物を頼む言い方かぁ?」
 女の子「やっぱ、めっちゃ可愛いねこの車。あ、荷台に乗りたいかも!ねぇ荷台に乗っても良い?」
 ヒロシ(75)「駄目だ。」
 女の子「けちー!」
 (ミゼットのエンジン音が響き、車が発車する)
 女の子「しゅっぱーつ!っふふ。」
 (「美しい砂のテーマ」終了)
 
 (車を走らせる途中らしく走行音が聞こえる)
 女の子「下北の居酒屋で働いてたんだけど、オリンピックの前にお店閉店になっちゃって。で、困ってたら『湘南の【ビーナス】ってお店でひと夏働かないか』って。」
 ヒロシ(75)「湘南じゃない。」
 女の子「え?」
 ヒロシ(75)「ビーナスがあるのは、稲村ヶ崎だ。」
 女の子「……そう?だから湘南じゃん?」
 ヒロシ(75)「違う!」
 女の子「は?マジ分かんないんですけど。」
 
 それにしても、似ていた。横顔の顎のライン……波子。
 そういえば、初めて波子に会った時も。
 彼女はこのミゼットを気に入っていた。荷台に乗って――
 (波の音)
 女の子「風って、気持ちいいねー。」
 (波の音とピアノのBGMがフェードアウトし、語り手のヒロシは十九歳の彼にバトンタッチ)
 


 十九歳の夏。大学生の俺は、中途半端な自分に嫌気が差していた。
 何をしても夢中になれない。自分が何の為に生きているのか分からない。
 そんな時、お世話になった骨董屋のおじさんから店をやってくれと頼まれ、高校まで過ごした稲村ヶ崎に戻ってきた。
 
 (ミゼットのエンジン音がかかる)
 マサシ「いやぁ~、我が稲村ヶ崎に戻ってきて嬉しいよ、ヒロシ!」
 
 (オリエンタル?なBGM)
 マサシは、幼なじみ。その日俺達は、俺の愛車ミゼットで横須賀に行った。逃げた、と言っても良い。
 夜遅く、稲村ヶ崎に戻る道は真っ暗で、ヘッドライトが白いガードレールを映していた。

 (BGMは車に付けたラジオから流れてる風の加工あり?)
 ヒロシ「ビートルズ、ほんとに来るのかな?」
 マサシ「来る訳ねぇだろ、あんなのほら吹き大王のマスターが言ってる『アレ』と一緒よ?『アレ』、伝説の波……」
 二人「「稲村ジェーン!」」
 ヒロシ「へへっ、頭三つだってよ。『お前ら、見たら腰抜かすぞ』って。」
 マサシ「そう!それと一緒、来ねえ来ねえ。」
 ヒロシ「てかさぁ、なんで連れてきちゃったんだよ?」
 マサシ「え?」
 ヒロシ「え?じゃねーよ。荷台の女、骨董品の壺の横流しがばれてヤバイ系に追われてるって言うから一緒に横須賀に逃げてやったんだろ?」
 マサシ「まぁまぁまぁまぁ。良いじゃないっすかぁ、ヒロシ君。」
 ヒロシ「それに変な女拾っちまってよぉ。」
 波子「はーっ、風って、気持ちいいねー。」
 
 (ミゼット、龍宝堂に到着)
 俺が店を預かる骨董品屋・龍宝堂に着いたのは、明け方近くだった。
 (龍宝堂の店内に入る三人、ぶら下がっている金物の金属音)
 マサシ「天井から、色々ぶら下がってるから気を付けてね。」
 波子「……いった……!」
 マサシ「ほらぁ!……あっ、ねぇ、名前訊いてなかった。何て言うの?」
 波子「……波子。波の、子。」
 マサシ「……ふ~~~ん?」
 波子「古い匂いがするね。」
 ヒロシ「骨董品屋だからな。」
 波子「私、好き。古い匂いって。」(ごとんと音がする)
 ヒロシ「おい勝手に触んなよ!売り物なんだから。」
 波子「おっ、こっわー!……あ、綺麗、この水晶玉。」
 マサシ「……覗くと、未来が見えるかもな。」
 波子「未来か……見たくないなぁ…………何?」
 ヒロシ「……いや。」
 波子「人間の眼って、海と同じね。差し込む光で色が違う。」
 
 また、意味の無い一日が終わり。そしてまた、意味の無い一日が、きっと始まる。
 こうして、波子との短い夏が始まった。
 (波の音がざざーと響いた後、ED曲「忘れられたBIG WAVE」が流れて第一話終了)
 
 
2021/08/24(Tue.)第二話
 
 (地の文における語り手は19歳のヒロシ。静かなピアノの旋律をBGMに、語りが始まる)
 1965年、夏。久しぶりの稲村ヶ崎。潮風、波の音……やっぱり心地いい。
 ここにいると自分が駄目になってしまうと思って飛び出した筈なのに、やっぱり、ここに戻ってきてしまった。
 ――これは、半端な俺が稲村ヶ崎で過ごしたひと夏の物語。
 
 (ピアノの音から蝉の鳴き声へクロスフェード)
 マサシ「なぁヒロシぃ~、それから波子ちゃんもさぁ~。付き合ってくれよぉ~、『ビーナス』。あいつらが来てるかも知れねぇからさぁ、怖くて一人じゃ行けねぇんだよぉ。」
 
 (ラテン調?のBGMに切り替わる)
 幼なじみのマサシは骨董品の壺を横流しして、そっちの筋の人に追われている。
 
 波子「ふふっ、良いね。行こ行こーっ。」
 マサシ「おっ!気軽に言ってくれるねぇ、波子ちゃん!」
 
 波子は、俺とマサシが横須賀で出会った女。風の様に、俺達にくっついてきた。
 こんな事言うと、安っぽいメロドラマみたいだけど。波子は、最初に会った時から初めての感じがしなかった。
 
 マスター「バカタレ!昨日どこ行ってたんだ!?」
 マサシ「っすんませんマスター!(汗)」
 マスター「バンマスが穴開けてどうする!」
 マサシ「すませんっ!!!」
 
 (ラテンギター?がゆったりと奏でるBGMに変わる)
 「ビーナス」のマスターは、稲村ヶ崎をこよなく愛している。噂では元サーファーで、余りにも稲村の波が好きすぎて、全てを捨てて移り住んだとか。尤も、マスターのほら吹きは有名で。
 
 マスター「おおーい、知ってるかー?アマゾン川にはな、体長一メートルの蝉がいるんだ!一メートルだぞ?その背中に乗せて、人を運ぶそうだ!……あれっ、そこのお嬢ちゃんは?」
 マサシ「あっ!……波子ちゃん。」
 マスター「なみこ?」
 波子「こんにちは。」
 マスター「……こんにちは…………きみ……」
 波子「はい。」
 マスター「……いや。」
 
 (語り手が波子に切り替わる)
 そのおじさんは、私をじっと見つめた。何だろう。何故か私も、懐かしい感じがする。
 私には、大切にしている写真がある。母さんがくれた、黄ばんだ昔の写真。海をバックに、若い頃の母さんと三人の男の人が写ってる。三人ともサーフボードを持って、誇らしそうに……ううん、違う。
 長いサーフボードを持ってるのは、一人だけ。後は……(含み笑い)一人は何だろう、大きな洗濯板?後の一人は、(ふふと笑みをこぼして)何かやっぱり木の板みたいなのを持っている。
 母さんは、幸せそうに笑ってる。幸せそうに。
 
 バンドの演奏が、始まった。
 (「愛は花のように(Ole!)」がしばらく流れる。マサシのバンドが演奏して、ゲストボーカルに盲目のシンガーが呼ばれているのだろうか)
 
 (曲がフェードアウト)
 夜、浜辺に行った。ヒロシとマサシと。どうしてだろう。この二人といると、ほっとできる。居心地がいい。今まで、こんなやわらいだ気持ちになった事がない。
 横須賀の路地に停められたミゼット。荷台の長いサーフボード。あのサーフボードを見なかったら……私は今、ここにいないかも知れない。
 
 (BGMがフェードインしてくる)
 ヒロシ「明日には帰れよ、横須賀。」
 波子「へっ?」
 マサシ「良いじゃねえか、ヒロシよぉ。」
 ヒロシ「勝手に住み着かれても迷惑なんだよ。」
 マサシ「ヒロシさ、十九の時ひでぇられ方してさ、あいつ冷たいんだよ、女に。」
 波子「まーだ拘ってるんだ。」
 マサシ「(ひそひそ声で)そうそう、女々しいの。そんで東京へ逃げてさ。」
 波子「十九の時って事は、今はいくつ?」
 マサシ「んっ……ああ、(冗談で)八十四。」
 波子「……そ。」
 マサシ「……あっ、踊る?」
 波子「え?」
 マサシ「ねっ?」
 波子「うん。」
 マサシ「あのぉ……男、詳しいの?」
 波子「……さあねー?」
 マサシ「たっくさん知ってるんだぁ……」
 波子「……はちじゅうよん。」
 マサシ「(完全に油断している小声で)えっ?」
 
 マスターの話を思い出していた。
 
 (ピアノソロから始まる軽快なBGM)
 マスター「いやあ~伝説の波・稲村ジェーンが来た時ね、アメリカの兵隊達はブルって逃げちまった。でも、稲村の無茶な若者が三人、海に入ってったんだ。勿論、みんなサーフボードなんて持ってない。一人は見よう見まねで木を削って作り、一人は洗濯板、で、後の一人は風呂の蓋だ!」
 
 (波音が聞こえ、海の場面に戻る)
 マサシ「なぁ、花火やろうぜえ。買ってきたんだ、ほらっ(袋の音を立てる)。」
 波子「おお、すごーい!」
 ヒロシ「(切り捨てる様に)だっせ。」
 マサシ「え、何それ?そのリアクション、超むかつくんですけど。」
 ヒロシ「今更やるかよ、手持ち花火なんて。」
 マサシ「じゃあいいよヒロシは。波子ちゃん、一緒にやろうぜ!」
 波子「(含み笑いで)うん!」
 マサシ「ぜっっっっったいお前にはやらしてやんないから!」
 
 (BGMが止まり、語り手がヒロシに戻る)
 暗い砂浜に、光が弾ける。その光で、波子の顔がふわっと映し出される。
 
 (「真夏の果実」が流れ始め、手持ち花火のパチパチと弾ける音)
 波子「わぁっ、きれーい……!」
 マサシ「良いか?オレ、字ぃ書いちゃうからなぁ!この花火で。いい?波子ちゃん、見て?」
 波子「ふふっ、いいよー?」
 マサシ「えっとぉ、『な、み、こ、ちゃん、す、き』!」
 波子「(苦笑いしながら)口で言っちゃってるじゃない。」
 マサシ「でへへへ!」
 
 波子が、砂浜で寝っ転がってた俺の隣に来た。
 
 波子「(足音が砂に吸い込まれる)つまんないの?」
 ヒロシ「え?」
 波子「いっつもつまらなそうな顔してるから。」
 ヒロシ「……別に。」
 波子「私…………自分のお父さんの顔知らないけど、」
 ヒロシ「へ?」
 波子「お父さん、やってたんだって。サーフィン…………凄い波、見たんだって。」
 ヒロシ「凄い波?」
 波子「仲間……三人で、その波、乗ったんだって。」
 ヒロシ「……稲村ジェーン…………」(背後の波音が大きくなる)
 波子「えっ!?」
 ヒロシ「何でもねーよ。」
 波子「……だから、私の名前……『波子』って言うんだって。」
 (「真夏の果実」の音量が増し、サビ部分からフェードアウトするまでしばらく流れる)
 (ニッポン放送版は砂に書いた名前消して~♪辺りまでで第二話終了、TOKYOFM版はフルオンエア)


2021/08/25(Wed.)第三話
 (地の文は1965年のヒロシ)
 波子とマサシと過ごした1965年の夏。
 (「マンボ」が流れ始める)
 稲村ヶ崎の浜辺は何も変わらない。潮風、波の音。やっぱり心地いい。
 世話になったおじさんが病気になってしまい、任された骨董屋・龍宝堂。
 その二階に、波子は住み着いてしまった。
 
 朝起きて、寝汗をかいたからシャワーを浴びようと思って、
 (ギターのアコースティックな音色が響いた直後)
 波子「きゃあ!(ドサッと物音)ノックぐらいしてよ!」
 ヒロシ「うっせ。」
 波子「ばか!」
 ヒロシ「ばかって何だよ。」
 波子「何?」
 ヒロシ「勝手に居座ってそんな事言うか?」
 波子「うるさいー。」
 ヒロシ「早く出ろ。」
 波子「……見た?」
 ヒロシ「ぁ?」
 波子「見た?」
 ヒロシ「……見た。」
 波子「っ、嘘。」
 ヒロシ「嘘。」
 波子「ほんと?」
 ヒロシ「(一文字ずつ強調して)うそ。」(ごそごそ裏で音がし始める)
 波子「ちょっといきなり裸にならないでよ!」
 ヒロシ「……っせ。」
 波子「ばか!」(水道の蛇口をひね、水音がする中で)
 
 波子の濡れた黒髪が、白い肌、白い顔を引き立たせていた。
 
 (風鈴が鳴り、遠くからマサシの声)
 マサシ「ちーっす!おぉい、波子ちゃん!着替え買ってきたぞ!さっすがに下着のサイズは分からなかったから……(笑いを堪えきれずに)っくふっ……適当に、あれだけど……んふふふっふふんふふふふ……!」
 波子「もぉー、ばか!」
 
 (BGMがピアノ混じりの軽快な曲に変わり、語り手もマサシに変わる)
 そうなんだよなぁ。オレはばかなんだ。ヒロシみてえに成績もずっと良くなかったし……まぁ、ギターだけはそれなりに練習して、それなりには、まぁ、あれだけど。
 バンドのメンバー、みんな東京に行っちまうって。確かに、稲村でいくらイキがってても、どうにもなんねえかも知れねぇ。でもなぁ……(もごもごした感じで)オレは……
 龍宝堂の壺を売っぱらって、その金で、アンプ買って……その壺がなんでもすっげー壺だったらしく。ある親分さんの大切にしてる壺を、下っ端のチンピラが龍宝堂のマスターに借金の代わりに置いてったみたいで――――
 
 (BGMが余韻を残して止まる)
 カッチャン「ごめんくださァい!(扉?をノックしながら)ごめんくださァい!」
 
 ま、まずいっ。見るからにやばそうな、白いスーツの男が、店に来たっ。
 
 (風鈴の音が呼び出し音も兼ねていたのか、ヒロシが店の奥から来る)
 ヒロシ「何?」
 カッチャン「おれの壺、横流しした不届き者、ください。」
 ヒロシ「……んなもんねーよ。」
 カッチャン「ぁあ?(脅しが入る)」
 ヒロシ「そんなもん、ありません(断言)。」
 波子「……どしたの?」
 マサシ「(小声で)ねぇ、やばいよ。見つかったら、殺されるかも。」
 波子「ええっ!?殺される!?」
 マサシ「(声のトーンをかろうじて抑えつつ)声がでけえよ!」
 カッチャン「……(マサシを見つけたらしく)はァい見っけェ!」
 マサシ「げっ!」
 カッチャン「(物をどかす、或いはぶつかる音を立てながら)おめェだな、おれの大事な壺を横流ししたのはぁ!!!」
 マサシ「ぃぇ、ぃぇ、その……っ!」
 カッチャン「(静かに、しかしドスの効いた声で)おめェだな。」
 マサシ「(思わず)はいっ!」
 カッチャン「……どこに?」
 マサシ「(消え入る様な声で)それは……」
 カッチャン「どこにあるっつってんだよ!!!!!(バンッと奥で音がする)なめんじゃねえぞ!」
 ヒロシ「やめろ。」
 カッチャン「(ヒロシの方を向いて?)ぁ?」
 ヒロシ「……店で暴れるのやめろ。」
 カッチャン「やんのか?お?外出るか?おれが誰か分かってんのか?」
 ヒロシ「(心底嫌そうに)騒がしくて、めーわくな、客。」
 カッチャン「おもしれェじゃねーか。」
 (龍宝堂の外で車が止まった音にびびるマサシ)
 マサシ「(呟く様に)まずいっ。」
 ヒロシ「ぁ?」
 マサシ「親分の部下だ!」
 
 白い高級車がやってきて、中から降りてきたのは、ほんまもののやばい奴。
 
 カッチャン「れれれ……(小さく足音)」
 マサシ「……って、何で隠れてるんすか?」
 波子「ここ。ここなら安心。この、棚の陰。」
 マサシ「……匿ってるし!」
 カッチャン「わりわり……」
 
 (親分の部下がヒロシに話しかける)
 親分の部下「ぅおい。」
 ヒロシ「ぁ?」
 親分の部下「嘘つくと為にならねェぜ。」
 ヒロシ「は?」
 親分の部下「ここに白いスーツのチンピラァ、来たな?」
 
 「はい来ました」って、ヒロシが言うかと思ったら。
 
 (BGMが止まり、風鈴や蝉等の環境音だけになる)
 ヒロシ「……知らねーし。」
 親分の部下「おめーイイ面構えしてっけどォ、嘘はバレるって昔っから決まってるんだ。」
 ヒロシ「知らねー。」
 親分の部下「そう、ですか!(ヒロシを壁に叩き付ける)」
 ヒロシ「うっ!……(倒れ込む)ぁっ……」
 親分の部下「手荒な真似はしたくねェんだよ!!(ヒロシに腹パンらしき加害)」
 ヒロシ「っ!…………うはっ……はっ……(苦痛に顔を歪めていそう)」
 親分の部下「中、調べさせてもらうぜ?」
 ヒロシ「はっ……はぁっ……警察呼ぶぞ。」
 親分の部下「へっ!へへへっへっへへ(ヒロシの言葉を鼻で笑う)……警察って言えばびびるって思ったかァ?(多分胸ぐらを掴んでいるのでヒロシの息切れした声が裏で聞こえる)……っはは、なめんじゃねえぞ!(なおもヒロシに暴力を加える)」
 ヒロシ「ぐぅっ……!」
 親分の部下「ぃええっ!!」
 ヒロシ「っ……(言葉にならないうめき声しか出せない)」
 親分の部下「もーいいわ、今日んとこは帰る。だがな、為になんねェぜ?あんなチンピラ匿っても、一円の得にもなんねェからな。ふんんん!!!(ダメ押しのもう一発)」
 ヒロシ「ぅあっ……!ぅぁっ……ぇっ……(後はもう咳き込むばかり)……ちくっしょう……!」
 
 (やばい奴が去ったのを確認した波子達が駆け寄ってきた模様)
 波子「ヒロシ……っ?」
 ヒロシ「……っはぁっ……」
 波子「大丈夫?」
 ヒロシ「(聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の音量で)あいつらっ……!」
 (BGMに「稲村ジェーン」が聞こえてくる)
 カッチャン「おめェ、馬鹿か?」
 ヒロシ「ぁ?」
 カッチャン「あいつら容赦ねェんだよ……死んじまうかも知んねェんだぞ。」
 ヒロシ「だから何だ。」
 カッチャン「何、おれを匿ってんだよ!?」
 ヒロシ「ばーか、別に。あんた匿った訳じゃねーよ。」
 カッチャン「……え?」
 
 (BGM「稲村ジェーン」が流れてくる)
 ヒロシは、そこで微笑んだ。昔からヒロシは、こういう奴だった。俺が中学ん時、先生に怒られた時もかばってくれた。
 
 波子「すぐ、冷やすね。」
 ヒロシ「いーよ、大丈夫……いって!」
 波子「あ、ごめん……」
 ヒロシ「触んなよ!」
 カッチャン「んだよ、おめェは……何なんだよ!?」
 
 波子が、ヒロシを見ていた。その目には、恋の光が見えた様な気がした。
 
 (ニッポン放送版は「稲村ジェーン」が一番サビ終わりまで流れ、第三話終了)
 (TOKYOFM版はほぼフル尺?若干CDよりフェードアウトが早い程度)
 
 
2021/08/26(Thu.)第四話
 (地の文は1965年のヒロシ)
 
 1965年の夏。
 何十年かに一度訪れるという伝説の波・稲村ジェーン。あらゆるサーファーをびびらせ、全てのサーファーが憧れた「稲村ジェーン」。
 世話になったおじさんが病気になってしまい、任された骨董屋・龍宝堂。
 その二階、波子以外にもう一人――この男が住み着いて。
 
 (BGMがフェードアウトし、風鈴の音に続けてカッチャンの台詞)
 カッチャン「すまねェなァ、ヒロシ。」
 ヒロシ「ヒロシとか気安く呼んでんじゃねーよ。早く出てけ。」
 カッチャン「そう言うなよォ若者ォ。これも何かの縁、大事にしようなあァ。」
 ヒロシ「……っせ。」
 
 (ピアノのBGMが入ってきて、語り手がカッチャンに移る)
 正直、まじで驚いた。なんでヒロシは殴られながらおれをかばった?ガキの頃から誰かにかばわれた事なんて無ェ。給食費が盗まれればおれが疑われ、いじめがあればおれが叱られ、味方なんて一人もいねェ。親もきょうだいもだ。だから……(心底嫌悪する声で)だからおれは半っ端なチンピラになっちまった。
 
 (語り手は再度ヒロシに戻る)
 とてつもない台風が近づいていた。夜、みんなで「ビーナス」に行く。
 マスターのテンションはめちゃめちゃ上がっていて。
 
 マスター「金目鯛が揚がってるぞ!昔と一緒だ。予兆だ、吉兆だ!来るぞ来るぞ、伝説の波『稲村ジェーン』!……(ヒロシに向かって)ボードあるな?」
 ヒロシ「ああ。」
 マスター「(食い気味に)行ってこい!」
 ヒロシ「いいよ別に。」
 マスター「なんで!?」
 ヒロシ「なんでって、別にいいし。」
 波子「行こうよ。ね、行こう?」
 マサシ「そうだよ行ってこいよヒロシぃ。」
 カッチャン「あーァ、行くべきだなァ。」
 ヒロシ「何お前ら勝手な事言ってんだよ?」
 カッチャン「おれェ、明日の朝ァ、出て行くわ。やっぱ、スジ、通しに帰る。」
 マサシ「カッチャンすげぇなぁ。オレぁーまぁあれだな、この稲村で、音楽続ける。まぁ、それしか出来ねぇしなぁ。」
 ヒロシ「……勝手にしろよ(席を立つ)。」
 マサシ「おい、ヒロシ君!逃げちゃうの?一回逃げると、一生逃げる事になっちゃうよ!」
 マサシ「(苛立ちを抑えながら小声で)お前に言われたくねー……!(扉を乱暴に開閉して店を出ていったと思われる」
 
 (強風環境音)
 外に出ると、凄い雨と風だった。
 (強い雨の音も強調)
 波子「ねーえ?」
 ヒロシ「あ?」
 波子「ねーえ!」
 
 振り向くと、波子がいた。あっという間にずぶ濡れだ。
 
 (ミゼットを停めている所で二人が合流)
 波子「あーもう、濡れた濡れた!」
 ヒロシ「……何だよ。」
 波子「何だよ(ヒロシを真似して)。」
 ヒロシ「え?」
 波子「いっつもボード積んでるのは、ただのかっこつけだった訳?」(ヒロシがミゼット発進準備をしているのでミゼットのサイドブレーキを動かす音がする)
 ヒロシ「……うっせ。」(ミゼットを発進させる)
 波子「怒った?……どこ行くの?」
 ヒロシ「鎌倉。」
 波子「え?」
 ヒロシ「高台に登って見るんだよ、波が来るのを。」
 
 (幻想的なBGMにはピアノの音が、語り手には波子が加わる。この後は語り手の混在が見られるので、先頭に語り手を括弧書き)
 (波子)ヒロシは私と似ている。何がしたいか分からず、でも、何かをしなくちゃいけないともがいている。ヒロシは波。私は――風。二人とも、どこかに留まる事が出来ない。
 
 (暴風雨の中、ガシャンと音がする)
 ヒロシ「あーまじかよ、脱輪した。」
 
 (ヒロシ)雨の中、波子と山の上を目指した。歩いて。不思議な事に、高く登れば登る程、風は収まり、雨は止み。
 
 (周囲は虫の声が支配する、山の中)
 波子「ねぇ、見て。藪の向こう、なんか光ってる。」
 ヒロシ「……ああ。」
 
 (BGM「真夏の果実」が流れ出す)
 (波子)藪を抜けるといきなり開け、
 (ヒロシ)光の正体は、
 (波子)海に落ちた、月明かりだった。
 (ヒロシ)きらきら、光っている。
 (波子)あの、きらきらの下から何か現れそうだった。
 (ヒロシ)岩に腰掛ける。
 (波子)ヒロシの隣に、腰掛ける。
 (ヒロシ)なんで、そうしたのか。
 (波子)分からないけど。
 
 (後ろに小さく波音)
 (ヒロシ)キスをした。
 (波子)キスをした。
 
 (「真夏の果実」の「こーらえきれーなくーてー♪」辺りで波の音が割り込んでくる)
 ヒロシ「(小さく)あ。」
 波子「(小さく)あ。」
 
 (直後、龍の咆哮が夜空に響き渡る)
 波子「龍。」
 ヒロシ「え。」
 
 (ヒロシ)不思議な光に包まれ、海の中から立ち上った龍がくねくねとやってきて。
 
 (龍の咆哮がまた聞こえてくる)
 波子「……何、これ?」(「声にならない♪」終わり辺りで「真夏の果実」がフェードアウトする)」
 ヒロシ「昔、聞いた事がある。」
 波子「え?」
 ヒロシ「でっかい波は、龍が連れてくる。」
 波子「何だか……」
 ヒロシ「あ?」
 波子「私達を、守ってくれてるみたい……」
 ヒロシ「(声を張り上げて)俺、あの波に……名前付けた!」
 波子「(龍の咆哮でヒロシの声がかき消されているのか、こちらも声を張り上げて)え?何て!?」
 (ニッポン放送版はBGMがフェードアウト)
 (TOKYOFM版のみ「真夏の果実」が最後のサビ「こんな夜は涙見せずに♪」から再び鳴り出し、最後まで流れる)
 
 (しかしその先の誰もが聞きたい肝心の内容は誰の耳にも届かぬまま、回想は終わり――2021年、現代では車の音が一番主張している)
 ヒロシ(75)「……あ?何だ、道路工事かな?」
 道路工事の警備員「すいませんねー、片側一車線なんですよー。青に変わるまでお待ちください。」
 ヒロシ(75)「工事?」
 道路工事の警備員「はい?」
 ヒロシ(75)「工事、やってるの?」
 道路工事の警備員「あーはい、そうなんです。すいませんすいません……ああ、暑いですねぇー。今年の夏は、特に暑い…………いやぁいい車だね。」
 女の子「……あ。」
 
 (女の子がドアを開けて運転席から降りる。語り手は2021年のヒロシ)
 今は、2021年。波子に似たその女性は、いきなりミゼットの助手席から降りた。
 (BGM「希望の轍」が流れ出す)
 ヒロシ(75)「どうした?」
 女の子「見間違いかな……?」
 ヒロシ(75)「ん?」
 女の子「見えたの。」
 ヒロシ(75)「ぇ?」
 女の子「龍。ドラゴン。」
 ヒロシ(75)「……へ?」
 女の子「でっかい龍がね、海から出てきてくるくる回りながら空に上がっていった。」
 ヒロシ(75)「……そうか。」
 女の子「幻?」
 ヒロシ(75)「……そうだな。でもまぁ、夏はもうそれ自体……幻みたいなもんだ。」
 女の子「おじいさん、見た事あるの?幻。」
 ヒロシ(75)「ああ、あるよ……龍を、見たよ。」
 女の子「そっ、か。もう、見たんだね…………終わるね、夏。」
 (「希望の轍」がフェードアウト)
 ヒロシ(75)「ああ、終わる。」
 女の子「暑かったけど、短かったね。」
 ヒロシ(75)「ああ。」
 女の子「あーーあ。風が気持ちいい。風って、気持ちいいねぇ……!」
 
 (風と波の音に続けて、BGM「希望の轍」が一番サビ後の間奏まで流れてニッポン放送版の第四話終了)
 (TOKYOFM版は二番サビまで流れた後でエンドクレジットへ。)

 (以下、TOKYOFM版のみの追加パート)
 
 林遣都「ラジオドラマ『稲村ジェーン2021~それぞれの夏~』」
 恒松祐里「出演:林遣都、恒松祐里、吉村界人、浅香航大、勝村政信、岩尾万太郎、松本大」
 林遣都「特別出演:野沢秀行」
 恒松祐里「原作脚本:康珍化(カン チンファ)」
 林遣都「脚本:北阪昌人」
 恒松祐里「音楽:桑田佳祐」
 林遣都「演出:オノグチ アツシ」
 恒松祐里「制作:マスダ ヒロナガ」
 林遣都「企画:アミューズ、製作:Japan FM Network」
 (「希望の轍」が最後まで流れた後、波音に混じりちゃぷちゃぷと音を立てるのは波子)
 
 波子「あぁ~、冷た~い!」
 ヒロシ「てゆーか何入ってんだよ。濡れるぞ、スカート。」
 波子「(ちゃぷちゃぷ言わせながら)もう夏の海じゃないんだね。」
 
 (語り手は1965年のヒロシ)
 1965年の夏は、突然、去って行った。少しずつ、切れていくんじゃなく。
 気が付いたら、夏が終わっていた。
 
 波子「(波打ち際を歩きながら)冷たくて、気持ちいい。」
 
 波子は、横須賀に帰ると言った。僕は、彼女をミゼットで送る事にした。
 途中もう一度海が見たいと言い、砂浜に降り立った。
 
 (ストリングスとピアノのBGMが小さく鳴り出す)
 波子「どうするのー?」
 ヒロシ「あん?」
 波子「大学。戻るの?」
 ヒロシ「さぁ。」
 波子「骨董屋(のご主人)さん、亡くなったんだって?」
 ヒロシ「ああ。」
 波子「継ぐの?」
 ヒロシ「え?」
 波子「(一音ずつ)骨董屋さん。」
 ヒロシ「(早口で)え?俺が?」
 波子「似合ってる。」
 ヒロシ「っ勘弁してくれよ。」
 波子「ヒロシがずっとお店にいてくれたら、いつでもふらっと寄れるのになぁ。」
 ヒロシ「とか何とか言って、五年も十年も顔出さねんだろ。」
 波子「っふふ、よく分かったね……(暫し足を波に遊ばせた後で)風が変わったね。何だか、今日初めて会った風みたい。」
 
 波子の髪が、風になびく。ふわっと、甘い香りがした。
 二人で何も話さずに、波間に揺れる、陽の光を見ていた。
 
 波子「ここでいい。」
 ヒロシ「え?」
 波子「やっぱり、送ってくれなくていいや。」
 ヒロシ「勝手だな。」
 波子「うん。ごめん。」
 
 ほっとした様な、寂しい様な。何とも言えない思いが胸に溢れた。
 
 (波音を背に、波子が別れを告げる)
 波子「じゃあねー。」
 ヒロシ「ああ。」
 波子「色々、ありがと。」
 ヒロシ「……ああ。」
 
 (ピアノのBGMが終わり、入れ替わる様に「忘れられたBIG WAVE」開始)
 (あーれから十年も~♪)
 波子を砂浜に残して、車に戻った。
 (忘ーれられたBIG WAVE~♪)
 ミゼットの、助手席側のサイドミラーに、
 (遠ーくに~♪)
 白いスカーフがくくりつけてあった。
 (揺れーて~る~♪)
 波子のスカーフ。
 (あのー日~の夢~♪)
 風にはためくスカーフは、真っ青な海を横切る、
 (なーぎさに立ーてば~♪)
 波頭に見えた。
 (BGMは「待ちわびてるBIG WAVE♪」まで流れてフェードアウトし、物語完結)

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