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私は「旅」をしたことがない。


海外が当たり前だった幼少期


「私のお母さんはね、スチュワーデスなんだ!」

それが幼い頃の私の自慢だった。
実際には、姉の出産を機にスチュワーデス(当時のキャビンアテンダントの呼称)を辞めていた母だったが、特別な職業だった母を自慢したくて、よく言ってまわったものだ。

そんな私に対し母は、「あんまりお友達に言わないでね」とばつが悪そうに笑っていたのを今でも覚えている。

当時はこんなに誇らしい職歴を何故隠すのだろう、と思っていたが、かつてスチュワーデスは高給取りで、総合職として働いていた父よりも年収が高かったことや、”スチュワーデスは美人しかなれない”という世間のイメージ、さらには英語を使いながら世界を飛び回る女性がまだまだ珍しかったことなどから、母は華やかな職歴に蓋をし、ママ友に目をつけられないよう気をつけていたのだと思う。

そんなグローバルな母と、同じく航空業界で働く父との間に生まれたものだから、私にとって海外は身近だった。

年に1~2度、父の長期休暇には必ずどこかの国に「旅行」をしたし、海外からの留学生を受け入れてホストファミリーを経験したこともある。こんな言い方をしたら鼻につくかもしれないが、正直、もはや国内/国外という心理的境界線は私の中に無く、「今年の夏はマレーシアに行くんだね!」といった具合で、使う言語だけが違うテーマパークに遊びに行くような感覚だった。(むしろ、修学旅行などの学校行事を除けば大学生になるまでまともに国内旅行をしたことがない。)
海外に行ってもろくに観光せず、ホテルのプールで一日中過ごすといったこともあった。

今思えばおかしな話なのだが、高校生くらいまでは”日本から出たことがない/そもそも飛行機に乗ったことがない”というクラスメイトに出会うと、「???なんで?海外に行かない人生のルートなんてあるの?」という考えすらあったように思う。

このような生まれながらの環境に加え、次の経験が私と海外とをさらに強く結びつけることとなる。

台湾での暮らし

父の仕事の都合で、幼稚園卒園後すぐ台湾に引っ越すことが決まった。
父親だけ単身赴任という選択も可能だっただろうが、そこはさすがの母、中国語は一切話せなかったにも関わらず家族揃っての引っ越しを決断した。

私はというと、「次は台湾に引っ越すよ」と告げられた時も、「またお友達とお別れかぁ。さみしいな」くらいの感想で、日本を離れることに何の不安もなかったように思う。

長期休みには親戚に会うため日本に訪れていたが、そのときも「いつ台湾に帰るの?」といったように帰る場所は日本ではなく台湾になっていた。

今回は台湾での暮らしをシェアするためのものではないので割愛するが、とにかくそこから約3年間を異国で過ごしたことにより、私の中で海外は完全に生活の一部となってしまった。

「なってしまった」と書くと、さも悪いことのように聞こえるかもしれないが、そうなのだ。私にとって海外が身近であるということは、今もずっと蟠っているほど悪いことなのだ。

私は旅に飢えている。

「今まで日本から出たことがなくて、大学生の時に一念発起してヒッチハイクで世界一周しました。そこで価値観や人生が180度変わりました」

「英語も話せないのに親を説得して、自分でアルバイトしてお金を貯めて留学して、人間として成長しました」

あぁ、胸が苦しい。

自分で選んで、自分で行動して、海外を通して自分を変えられた人の話を聞くと心がズキン、とする。
羨ましくて仕方なくなる。

私にはそういう新鮮さが得られない。衝撃が起こらない。
歳を重ねれば重ねるほど、その”二度と取り戻せない”という感覚は強まっていった。周りは海外を通してどんどん自分を見つけていくのに、私ははじめからその体験ができないんだ、と。ぽっかり穴が空いてしまったみたいな。本来備わっているはずの感情が欠落しているみたいな。自分だけ置いていかれるような。

淡い期待を抱いてオーストラリア、イギリスでホームステイをしたこともある。そこで様々な体験を確かにした、したのだが、何も変わらなかった。

就職活動の面接で、経歴に台湾のことや短期留学のことがあると、必ずと言っていいほど「この海外経験を通して価値観はどう変わりましたか?」と訊かれた。

「何も変わりませんでした」

馬鹿正直にこう答え続けたが、面接官はいぶかしげな顔をしていた。

海外に行ったら価値観を変えないといけないのか?変わらないのは異常なのか?異文化を何の違和感もなく受け入れられるのは良いことではないのか?

こんな思いは今の今もずっと私を苦しめる。

おそらく、商業的な「旅行」では私の価値観は変えられない。
売られているアクセサリーを買うようじゃ、原体験は得られない。
一から自分で石を掘り起こして、打って削って、磨かないと。

だからこそ、
自分を変えるためには海外「旅行」をしたいという気持ちがない。
私は今、「旅」がしたい。

世間的に「旅」とは私の思うような意味合いの言葉ではないだろうが、私にとって、「旅」と「旅行」とでは全く違う

もしかすると”それ”は国内にあるかもしれないし、なんなら近所のコーヒー屋さんをフラッと訪れたときに経験できるかもしれない。

私の価値観が変わってしまうような、理解が追いつけなくて困ってしまうくらいの経験、それが私の思い描く「旅」だ。

26年間の人生を思い返しても、そんな出来事は未だに無い。


だから私はまだ、「旅」をしたことがない。

終わりに:今行きたい場所

この記事を書く前から、死ぬまでにカンボジアには行きたいと思っていた。(コロナ前の2月に行く予定を立てていたが、ちょうどコロナが流行ってしまい中止になった)
なぜカンボジアに強烈に惹かれるのか記事を書くまで整理できていなかったが、今になって腑に落ちた。
カンボジアに行って帰ってきた人が口をそろえて「価値観が変わった」と言うからだ。「欧米でもアジアでもない、第三の世界があった」そう言われた日から、カンボジアでの「旅」を渇望している。

カンボジアを訪れてもなお、私に衝撃が降り注がないのなら、また私は「旅」を求めて彷徨うのだろうし、もしかしたら一生彷徨うのかもしれない。はたまた「旅」のハードルを勝手に上げてしまっているだけかもしれない。

一生「旅」の経験を得られないのならそれは悲しいことだが、最期に人生を振り返った時、もしかすると「あっ」と思える経験が得られているかもしれない。そうだと良い、そんな希望を残して締めくくることにする。

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