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ハートにブラウンシュガー5

 その年の夏は熱狂と興奮の騒めきの中、瞬く間に過ぎて行った。クマ達ブラウンシュガーの4人はまるで音の無いプールの中で反響する騒音にも似た人々の歓声を他人事の様に聴いていた。
 真夏の海岸沿いにある高台の広場で行われた野外音楽イベント「ココ夏フェス」に出演したブラウンシュガーのステージはわずか20分足らずの時間ではあったが、訪れた人々の脳裏に強烈な印象をもたらした。
 リーダーのクマをはじめ、ベースのサブ、ギターのレイ、そしてヴォーカルのティナ達は、瞬く間に過ぎてしまったステージ上での記憶を殆ど消失させていた。それだけ夢うつつの状態だった。しかし演奏はそれまでになくハードで、そして情熱的で夕暮れ迫る野外広場に押しかけた数万人の観客を魅了した。
 レイはエレキのアンプボリュームを最大限にセットし、その音量で会場の空気を一変させた。そのリフの大部分はアドリブであり、その音色を含め2度と同じ演奏は出来ない、そう感じられた。ティナのヴォーカルもパワフルでそのギターサウンドに呼応するかの様にハスキーなハイトーンヴォイスを会場の隅々まで轟かせた。
 クマとサブは必死になり楽曲のリズムを懸命に支えた。とにかく全員が無心だった。その瞬間、彼らはまさしく一体となって演奏し、時間の感覚さえ失い、立て続けに4曲をメドレーした。ラストの曲はバンド唯一のオリジナル『It's gonna be okay!』だった。
 演奏を終えると会場からは止むことのない拍手と歓声の嵐が津波の様にステージを包み込んだ。時間やスケジュールの都合でアンコールなどは行われずバンドは速やかに撤収し、ステージを降りたが、どの顔にも汗が滴り、上気したその表情は満足気であり、同時に意識は飛び、何もかもがうわの空であった。
 もちろんブラウンシュガーの面々はライヴハウスなどでの活動でステージ経験は豊富なものであった。だが、こんな広々とした野外で、かつ何万人もの観客を相手にそれに見合うだけの音量で演奏をしたのは初の経験であった。彼等自身も興奮し、一種のゾーン状態に入り込んでいた。だからステージ裏に設置された待機スペースにたどり着いた時には、誰もがほぼ放心状態になっていた。

 ひと息つくと4人はすり鉢状になった会場の後方にある丘の斜面に足を運び、一般の観客達と混ざり合い、後半のステージを眺めた。
 熱狂する観客たち、眩い光に照らされるステージは遠く、そこから発せられる音楽はどれも魅力に溢れ、圧倒的なパワーを生み出していた。
「おい、本当に俺たちはあそこで演奏したのか?」サブは武者震いに震えた声でクマにそう囁いた。クマは黙って腕を組み、「ああ」と一言呟いたきり今見てる光景をしっかりと目に焼き付けるかの如く会場全体に視線を這わせた。
 レイもまた言葉少なに呆然とその場に立ち尽くし、両の拳をしっかりと握りしめていた。その横顔からは心の内側までは読み取れないが、何かをやり遂げた満足感に浸っている様に見えた。ティナだけが一人ハイな気分でステージ上でのパフォーマンス同様、激しくビートの利いた音楽に身を任せ踊り狂っていた。
 そんな風に慌しくその夏は過ぎて行こうとしていた。だが本当に夢の様な出来事が目まぐるしく起こり始めたのは、それから数日経った後の事だ。

 クマのもとにAレコードという名前の会社から一通のメールが届いた。担当としてディレクターの松尾という名が記載されていた。
 それによると『ココ夏フェス』でのブラウンシュガーの演奏を聴いたという。そこでマネジメント契約を結びたいという。ついては早急に来社頂きたいという旨である。
 もちろんブラウンシュガーのメンバーにその申し出を断わる者などいない。クマは早速全員を呼び出して日程を決め、東京の青山に建つAレコード本社ビルに4人揃って赴いた。玄関ドアを通りその内部へ足を踏み入れた瞬間、それぞれが言いようのない期待に胸を震わせた。それと同時に未知なるものへの不安にも慄いていた。後になってサブはその時の心境を何か得体の知れない魔物に呑み込まれてしまうのではないかという錯覚に襲われたと述懐している。
 もうそろそろ夏も終わりに近付いた頃だ。それでもまだまだ夏本番の猛暑に翳りは無く、その日も相当な熱気を孕んだ暑い一日である。クマとサブは慣れないジャケット姿でエアコンの利いた部屋に通されるまでにたっぷりと額や首筋、両脇に汗を滲ませていた。レイはいつもの軽装で、タンクトップの腋から日に焼けた筋肉剥き出しの二の腕を惜しげもなく曝け出していた。ティナにいたっては相変わらずのショートパンツの臍みせスタイルであの日のステージ衣装となんら変わりのない私服姿で登場した。
 受付で来社目的を告げるとエレベーターで7階あたりの人気ひとけの無い会議室の様な一室へ通された。暫くそこで窓外に広がる都会の景色を眺めて雑談していると、軽い足音が聞こえて、開け放しだったドアの外に人影が現れた。
「やあ、よく来てくれましたね」
 その男性はいかにも業界人らしく如才のない柔らかな微笑を湛えて入室して来た。見たところ40過ぎ位だろうか、スリムな身体付きが若々しく見えた。表情や動きに無駄が無く、何より淡いブルーのシャツに白いタイトなスラックスがよく似合っている。その背後には秘書らしき女性が控えていて室内に入ると後ろ手にドアを閉めた。男はにこやかに一人一人に名刺を差し出して握手を交わすと部屋の中央に置かれた会議テーブルに4人を促した。
 壁際に横一列に並んで座らされた4人の面々は渡された名刺を珍しそうに眺めた。名刺にはAレコード株式会社 シニアディレクター 松尾理まつおおさむと書かれていた。
「シニアって何だ?」
 名刺を見ながらサブが隣に座るレイに小声で尋ねた、レイは少し首を傾げながら、
「年寄りって事じゃないすか?」と小声で答えた。
 タイミング良く別のOL姿の女性が冷たいお茶を持って現れた。喉がカラカラに渇いていたクマは一気にグラスを空にした。助かった。生き返った気がした。

 松尾は、畏まっている4人を尻目にフェスで見た時の印象や演奏を耳にした感想など、簡潔に褒めながらもいくつかの課題を指摘する事も忘れず、淀みなく言葉を紡いだ。
 特にティナとヴォーカルとレイのギターは印象的だったと彼は繰り返した。それとオリジナルの『It's gonna be okay!』の曲を絶賛した。アレンジについては多少の変更を必要とするが、それをメインに今後の活動に期待したいというような旨の言葉をサラリと口にした。
「つきましては、当社では来年売り出す予定をしているアーティスト達を何組か厳選致しまして、この秋から都内を中心として関東一円をライヴツアーで回って頂く企画を進行中なのですが、あなた方ブラウンシュガーさんにも出来ましたらそのツアーに参加して頂きたい、そう思いまして、今回お呼びだて致しました」
 松尾は手慣れた手付きでCOOLと書かれたシガレットをケースから一本抜き取ると器用な手先で火を付け、フーッとひと息深呼吸をついた。
「あ、あの、それは……」
クマがおずおずと質問を返した。
「どうぞ」
 松尾は薄い色のサングラスにかかる前髪を右手で掻き上げて次の言葉を待ち鷹揚に構えた。
「プロのバンドとして契約をしてライヴツアーに参加するという事ですか?」
「もちろん契約は結びます。ただしこれは半年間の仮契約です」
「半年間……」
「ええ、つまり、ツアーは秋と春、2回に分けてそれぞれ30公演予定しています。ですからその合計60回のライヴでの様子を見た上で良ければその後、正式な契約を締結しデビューして頂くかどうかをこちらで判断させて頂きます」

 エアコンの冷ややかな風が室内に小さな気流を作り出し、彼らの耳元を涼しげに通り過ぎた。
「つまりプロとしてやっていけるかどうかのテストね」
 ティナが半笑いな声で応えた。
「もちろんです。これはビジネスですから。しかし、仮契約の間も当然の事ながらギャランティは発生します。そんなに多くはありませんがね。ツアーにはマネージャーの竹田が同行しますので、細かい部分で何か質問がございましたら、そちらに尋ねてくだされば結構です」
 松尾は部屋の隅で待機していた女性を手で示す。竹田と呼ばれた女性はテーブル席にはつかず部屋の隅のスツールの様なものに腰掛けていたのだが、名前を呼ばれて立ち上がるとペコリと頭を下げた。赤いフレームのメガネと肩までの真っ直ぐな黒髪が印象的だ。
「一緒に回るというアーティスト達はどんな人達ですか?」サブが質問した。
「おそらくこれまであなた方は自分達と同じタイプのロックバンドの方々と対バン形式でライブハウスで演奏されておられたかと思います。しかし今回のツアーはいわゆるロックバンドとしてはあなた方一組みだけです。後はアイドルユニット、ポップス、ニューミュージックなど様々です。さすがに演歌歌手まではいませんが」
松尾はそう言うと無駄に白い歯を見せて笑った。
 4人が目を見交わせ戸惑っているのを見ると松尾はさらにこう続けた。
「まあそんなにご心配は要りません。他のアーティストの方々と交流して頂く必要はありませんし、客席は多少アウェイ感を感じることもあるでしょうが、あなた方はあなた方の音楽を演奏するだけです。問題は今後演奏する曲目です」
「曲目?」クマが反応する。
「ええ、ココ夏で聴かせて貰った『It's gonna be okay!』はいいとして、それだけでは30分あるステージは持ちません。他にオリジナルはありますか?」
「ああ、むかし俺とサブで作ったのが2、3あるにはあるんですが、あれは、ちょっとなあ」とクマはサブに問い掛ける。
「オイラは結構気に入ってはいるんだけど、もう一つウケなかったかなぁ」サブは当時を思い出して苦笑し頭を掻く。まだティナもレイもいなかった頃の話だ。

「曲ならありますよ。新しいの」と、唐突にレイが口を開いた。
「ほう、そうですか」松尾が嬉しそうに微笑んだ。
 そんな話はクマとサブも聞いていなかったので、「そうなのか」と口を揃えてポカンとしてレイの方を見た。
「ココ夏の前に2、3作ってみたんすよ。ティナと2人で」
「そ、そうなのか、知らなかった。で、ティナ、どんな感じなんだ」サブの質問にティナは白い歯を見せて
「最高キュート、バラードもあるのよ」と笑った。
「それは聴かせて貰うのが楽しみですね」松尾もにこやかに微笑む。
「でも、まだまだ足りないっすね」レイが言うと、
「それも心配しないで下さい。こちらでもバンドでチョイス出来そうな曲をいくつか用意してます。もし仮契約にご承諾して頂けるのなら、あなた方には当面Kという音楽プロデューサーを付ける予定です。暫くはKの指導の下で週3回、当社が持っている都内のスタジオでレッスンして頂きます。その中で曲を決めてアレンジし、ライヴで演奏する。こちらはそのライヴでの反応や様子を見てそれからの事を検討致しますが、とりあえず仮契約の間は春までその繰り返しになります」と平坦な顔で文書を読み上げる様に松尾は言った。
 クマとサブはその説明にゴクリと唾を呑み込み冷や汗をかいた。
「ちょっと聞いてもいいすか?」
 口を挟んだのはレイだ。
「はい、何なりと」
「俺たちは、というか、俺はオリジナル中心でやって行きたいんだけど、その辺のところもKさんに委ねてしまうんすか?」
 松尾はレイを見てニッコリ微笑むと、
「それはその曲次第です」とあっさり答えた。
 Kという人物を知らないだけにレイをはじめとする他の3人にも戸惑いはあった。
 それを見て取ったのか松尾はさらに言葉を続ける。
「ご自分達のオリジナルでやって行きたい。それは大いに結構です。それならこうしましょう。今年中に10曲、来年の春迄には更に10曲、計20曲程のオリジナルを創作してください。その中から良いのがあれば6曲程度のミニアルバムを出しましょう。もちろん最初はAレコードではなく、当社傘下のインディーズでアルファーというレーベルからですが、ライヴツアーはそれらを試してみる良いチャンスですよ」
 そこまで言われると4人は揃って口を真一文字に結ぶしかなかった。やれるだけやってみればいい、やれるだけの環境とチャンスを貰えたんだ。クマもサブもレイもティナも心はひとつだった。
 やるしかない。
 そしてクマこと茶倉満男、サブこと佐藤三郎、レイこと真柴怜、ティナこと田中ティナはバンド名『ブラウンシュガー』として4人連名で仮契約書類にサインをした。


 それからの日々は目まぐるしいことの連続だった。週に3日行われるレッスンでは初めて会うKという音楽プロデューサーにたっぷりと絞られた。クマとサブは毎日の様にメトロノームを相手にリズムの取り方を勉強させられた。レイとティナにも容赦なくダメ出しが出される。初めの頃、2人はその度にムッとし、ティナは反論し、レイは黙り込む事が多かった。
 しかし、どれだけ反発しようとKの指摘は的を得ていたし、理論的にも確かなものであった。一時的にレッスンを放棄してスタジオを離れても数時間後には2人とも持ち場に戻り、レッスンを続けた。
 レイはメリハリを付けた演奏を指導され、ティナには喉に負担をかけない腹式呼吸による静かでやわらかみのある歌唱をするよう促された。
 最初のライヴに向けて『It's gonna be okay!』以外に4曲をKから提供された。ハードとまでは言えないが、なかなかノリの良い曲やビートが効いていたりする曲でメンバーは皆一様にこれならと納得して取り組んだ。そしてもう一曲はレイとティナで作ったバラード曲『月の泪』という曲が採用された。ブラウンシュガーとしては珍しく日本語の歌詞である。
 次の週からは徹底してその6曲をひたすら練習した。それで30分のステージはこなせる。
 全体的に今までのブラウンシュガーとは一味違う雰囲気のステージになりそうだった。
 音楽プロデューサーのKはあまり感情を表には出さない、必要な事だけ的確に伝える。褒めたりはしない。上手く行って当然なのだ。感動は自分達が味わうものでなく、客が感じるもので、それがプロの音楽だという自負を持っている。
 すべての楽曲のアレンジはKが行った。Kはブラウンシュガーのサウンドにキーボードが必要だと主張し、当面の措置としてK自身がサポートメンバーとしてライヴに加わる事になった。
 いよいよ次の週末からライヴツアーがスタートする。最終のリハーサルでは完璧ではなくともそこそこやれるという自信は持てた。

 そして、曲作り、これはレイとティナだけではなく、クマもサブも取り組んだ。それ以外にもクマは自身の妻である涼子に作詞または作曲を依頼した。涼子はレイやティナの加入するずっと以前、すなわちクマと結婚する前、初代ブラウンシュガーでキーボード及びヴォーカルを担当していたのだ。
 ここ数年は出産子育てと忙しい日々を送っている。しかし、もともと音楽は趣味だったし、帰国子女という特性を活かし、英語の歌詞なども自由に創作出来る。
 だからと言って簡単に新しい楽曲が次々と出来上がる訳はない。これまでコピーバンドとして何年もやって来て、コピーするだけでも大変なことを痛感しているのに、無から新しいものを生み出す事など、途方もなく大変な発想力と時間が必要なのだ。

「何かインスピレーションがないとね」
夕飯の後片付けをしながら涼子はクマに言った。
「良いものを作ろうとすると余計にね。レイでさえ何かプレッシャーを感じてるみたいだよ」
 クマは歩き始めたばかりの一人娘の彩花を膝の上に座らせ、ライヴツアー前、束の間の休息を家族と共に過ごし、英気を養わせた。

 サブは多少の不安を抱えていた。明らかに自分のベースはプロとしては力不足に違いない。レッスンを始めた当初はKからあれこれと指導を受けた。サブも必死になって食い下がった。結局ライヴツアー前までのレッスンでは一度もOKのサインは出なかった。それどころか最近は言葉すらかけて貰えなくなった気もする。後のメンバー3人に置いていかれる、または足を引っ張るだけの存在になるのではないかと、焦るばかりで、悩みは尽きない。せめて曲作りの才能でもないものかと取り組んではいるのだが、一朝一夕に形あるものを創れる筈はない。サブは大学ノートを買い込み、どこに行くにもそれを持ち歩き、思い付いた言葉の数々をそこに書き綴った。これが詩という完成形となるのはまだまだ先の話であった。


 一方こちらはレイのアパート。
「ねえ、見てよ。ここから月が見えるのね」
窓辺で湯上りの髪を夜風で乾かしながらティナが歌うようにレイに呼び掛けた。
「知ってるよ。綺麗だろ」
「ほんとに、うっとりするわ」
「あのバラードもこの窓辺に座って創ったんだ」
「月の泪?」
「そう」
「どおりで、レイにしてはロマンティックだと思ったわ」
「俺は案外ロマンティストなんだよ」
 ティナは楽しそうに微笑んだ。
「ちょっとセンチメンタル過ぎない?」
「そ、そうかな、ま、別にそれもいいじゃん」
 レイは冷や汗をかいた。
「あの日は、今日みたいに満月じゃなくて、三日月だったんだ。その三日月の下にポツンと光る青い星があった。それがまるで月の涙みたいに見えたんだ」
「そうなの? 素敵!」
 ティナはうっとりして空を見上げた。
 レイは思う。あの曲の歌詞をティナはどう受け取ったのだろう? 初めてラブレターを書いた時の心境に似ている。曲として聴いてみればいいのだが、歌詞だけ切り取られると恥ずかしくて仕方ない。
 ティナはそんなレイの心持ちを知っているのかどうか、素知らぬ振りで湯上りでしっとり濡れた後ろ髪を頭の上の方で束ねて夜風にうなじを晒している。
「そうね、最近レイのギターも少し以前と変わったね」
「そうかな?」
「なんだか、音色が優しい」
「自分では気付かないものだな。そういや、ティナの歌だって……」
「曲のせいよ」
「いや、何だか、今まで気付かなかった新しいティナを見たようで、なんて言うかな……、新鮮だよ、毎日」
「うふふ、明日から頑張らないとね」
 レイはティナの肩にそっと手を置いた。
「いや、頑張る必要なんてないよ。ティナはティナでいればいいんだ。それだけさ」
「じゃ、レイもレイのままでね」
 2人は目を見交わし微笑んで頷き合った。
「だね、さて、何か飲む?」
「レモンサワーある?」
「あるよ。乾杯しよう」
 2人はグラスを合わせた。炭酸の泡が弾けてグラスの中で月が揺れた。
 次の瞬間、2人の唇は重なり合った。


 当初レイとティナはどんどん自分達のサウンドがKの色に染められて行く事に戸惑いがあった。何か言われる度に反発していたのだが、Kの指摘に間違いはなかった。それは録音した音楽テープを聴いてみれば一目瞭然だ。手直しされる前と後ではかなりの違いがそこに見て取れる。言ってみればそれがプロとアマの違いなのか? 2人とも歌や演奏に関して人からチヤホヤされる環境で過ごして来た。自分が楽しければそれが一番、その考えを変えるつもりはない。しかし、人に自分の音楽を買って貰うとなった時、つまりプロとしてその道で生きるためには単なる自己満足で終わってはいけない、それをKに教わった気がする。客観的な眼、そういう存在がこれまではいなかった。そのままでいたなら自分の中にある別の一面を知らずにいたかも知れない。それを引き出してくれる存在、それがKなのかも知れない。そう思えばこれもひとつのチャンスだと考え直す事にした。
 レイとティナはお互いをリスペクトし、かつ愛し合っている。これからもいいパートナーとして関わり続けたい。今回の出来事は自分達をもう一段上の世界へ導いてくれる光であって欲しい。階段を昇るようにひとつひとつステップアップ出来れば良い。先ずは明日から始まるライヴツアーに心は浮き立っていた
 シニアディレクターの松尾から言われたオリジナルを今年中に10曲、来年の春迄にもう10曲、それは途方もない数字に思えたが、こうなったらやるしかない。自分達は試されているのだ。レイもティナもその点に於いて心は燃えていた。こうなったらやるしかない。

 そうだ、やるしかないんだ!


 ブラウンシュガーの4人。
 クマ、サブ、レイ、ティナ
 それぞれの想いで過ごしたライヴツアーの前夜、彼らを照らし出す様に夜空にはぽっかりと中秋の名月が浮かんでいた。






月のなみだ

        作詞 真柴怜ましばれい

ああ なんて素敵な夜だろう
こんな広い世界に 
今 君と二人だけ


誰かが言ったね
出逢いは奇跡だって
偶然必然それともいたずら?
運命なんて信じちゃいない
それは永遠の謎なんだ
でもこうして見つめていると
何故だか突然
たまらなくなる
君を抱き締めたくて
仕方がないんだ
泪の秘密
それはきっと
月の雫のせいだよ

ああ なんて素敵な夜だろう
こんな広い世界に 
今 君と二人だけ

誰かが言ったね
都会は砂漠だって
一粒一粒の砂はいったい
何で出来ているのだろう
それは地球のかけらかな
今こうして見上げてる
小さな星の
輝きだって
ここに辿り着くまで
長い道のり
超えて来たんだ
それはきっと
この一瞬のためだよ


ああ なんて素敵な夜だろう
こんな広い世界に 
今 君と二人だけ

二人だけ
二人だけ



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