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アキラかなマコト?

 人には『見える人』と『見えない人』の二通りあるらしい。私は見えない人のようだ。
 アキラにはマコトという親友がいる。高校時代からの部活仲間であったらしい。その春から男女共学となって二人はソワソワして心浮き立つ毎日を共に過ごしたという。
 私はアキラと三ヶ月程前から一緒に暮らすようになってお互い相手のことは概ね理解している。けれど時折訪ねて来るマコトを私は見ることが出来ない。
 マコトは今から約半年前に交通事故に遭った。それは何台もの車を巻き込む大きな事故で、その日多くの尊い生命が失われた。
 アキラはマコトの存在が失われたことを今も受け取められないのだと私は理解した。
 その日も夕食後に部屋でバラエティ番組を観ながら寛いでいるとマコトがひょっこりと訪ねて来た。
アキラは楽しそうに迎え入れソファに座らせると何かと話しかける。私の見えない相手に。
 二人は昔話で随分盛り上がっているようだった。私にはアキラが一人で喋り、爆笑しているだけにしか見えない。マコトの声さえも私には聴こえないからだ。傍目にはおかしな光景だろう。部屋に二人だけいて片方はハイテンションで喋り笑いしているのにもう一人は黙ってそれを見つめて茫然としている。
 アキラの言葉から推測すると学生時代のバスケ部での試合についての思い出話に花を咲かせているようだ。あの時ああだった、こうだったとかあのプレーは今でも最高だ、などと私の知らない話なのだが、それでもお構いなしにアキラは時折私にも同意を求めるような素ぶりをする。
 仕方なく私もああだとか、そうねとか応えて相槌を返すのだが、話の内容がさっぱりと掴めない。
 マコトが私の存在を認め、こちらに話を振ることがあるのかどうか、それさえも分からない。

 そんな日々が続いたある日、三人でドライブに出掛けることになった。私はいつも座る助手席ではなく、後部座席に座った。マコトがアキラを助手席に案内したからだ。行き先は海岸沿いに新しくできたオシャレなレストランだ。
 三人で席についたのだが、テーブルにグラスの水は二人分しか置かれなかった。四人掛けのテーブルにアキラと私が並んで座り、マコトは対面席に腰掛けたと思われる。料理はアキラがオーダーしたので、マコトの前にもお皿は並んだ。
 ここでもやはり会話はアキラがマコトに話しかけることを中心に進められ、私はもっぱら聞き役に徹した。店内は明るく耳に心地の良い音楽が流れて、良い雰囲気だ。料理も評判通りに素晴らしいもので、私は満足した。
 デザートを食べ終わる頃、アキラは急に神妙な顔をして、「実はオレ、最近顔色が良くないって職場でよく言われるんだ」と語り出した。
「もしかして、悪い病気か、もしくは霊か何かに取り憑かれているのじゃないかと噂になってるらしい」
 私は驚いて、まさか! と口にした。
「そうだよな、まさかだよ、本当に」
 それで、どうするの? と訊いてみると、アキラは、
「いや、どうもしないけどさ。気のせい、気のせい、どこも悪いところもないし、このところ何かと忙しかったから、少しやつれただけだよ。だから今日は美味いもの食えて良かったよ」
 そう、それなら良いけど……。
 私はマコトが座っているであろう空間をそっと見つめて気付かれないように小さくため息を吐いた。

 その日は何事もなく帰って来て、マコトも夕方には帰って行った。
 夜になって私はベッドの中でアキラにそっと話しかけてみた。
 あのね、マコトさんのことなんだけど……、
 あ、とか、うん? とかアキラは小さく応えた。
 アキラは壁際に頭を向けて横になっているので私からは表情が見えない。
 もうなるべく会わない方が良いのじゃない? 私は思い切った提案をしてみた。
 アキラの背中が硬直するのが分かった。暫く微動もせず、何かを考え込んでいるように思えた。それはやがて静かな寝息となって夜の帳の中へと消えて行った。

 翌朝私はアキラに、夕べはごめんなさい、あんなこと言っちゃって、と詫びを入れた。
 アキラは気にするなと言わんばかりに首を振って小さく微笑んでみせた。
 それから後も同じような日々が続いた。そしてある日のこと、マコトが帰った後、何かの用をでっち上げ私はアキラの部屋を出た。アキラはこんな夜中にどこへ行くのかと言わんばかりに不思議な顔をしたが、私にはどうにも確かめたいことがあったのだ。
 それは以前マコトが住んでいたアパートの部屋。聞いたところによると、そこは今でも空室のままになっているという。もしかしてマコトがそのアパートに帰るとしたら、部屋の明かりが点るのではないかと思ったのだ。マコトの姿は見えないものの照明が点されれば、それは私にも確認出来る。もしも点されれば、マコトは存在することになる。その場合は、どうするか、後先も考えずに飛び出して来たので、特に考えもない。思い切って部屋を訪ねてみるか。その場合、私は、何も見えない空間に向かって、もうアキラのところへは来ないでと叫ぶしかないだろう。そんなことをあれこれ考え悩んだ。
 しかし、その夜、私は遅くまで裏道からマコトの部屋の明かりが点けられるのを待ったのだが、とうとうそれは訪れなかった。やはりマコトは既にこの世の者ではないのだ。私はそう確信せずにはいられなかった。
 このことをどうアキラに報せるか、私は迷った。
 下手な言い方をして口喧嘩などにはなりたくない。何しろ、アキラにはマコトが見えているのだ。そこに存在しているものをいないなどと言ったところで、鼻であしらわれるだけだ。
 結局、私は何も出来ず静観するしかなかった。

 そしていよいよその年も終わろうかという頃、アキラのスマホに連絡が入った。それは学生時代のバスケ部の仲間で作っていたグループラインだ。
 アキラはその夜、マコトにバスケ部の集まりで忘年会をするそうだ。もちろんオレも参加するよ。お前も行くだろ? と話した。
 これはチャンスだ。忘年会に集まる他のバスケ部員たちにマコトが見えるか、見えないのか、それがとても気になった。私はアキラにその忘年会に私も行って良いかと尋ねて了承を得た。

 当日、街中のある焼肉店にてその忘年会は開かれた。
 さて、その日私が取った作戦はこうだ。わざと何かの用事があるからと話し、少し遅れて参加する、だからマコトさんと先に行っててとそうアキラに伝えた。
 そして店の陰から中の様子を見て、他のメンバー達の様子を伺う、そう目論んだ。それによって今後の対応を考えてみたい。たとえ、結果がどう出ようと。

 都合良く、焼肉店には大きめの窓が有り、外から中の様子がよく見えた。窓の外は暗くなり始めているので、向こうからはこちらの姿が見え難いことも好都合だ。
 案の定、アキラの隣は空席だ。おそらくマコトが座っているのだろう。他のメンバーたちの様子を私は隈なく一人一人見て行った。
 三十分も見ていただろうか、判断は付きにくかった。居るようにも見えるし、居ないようにも取れる。アキラは楽しそうにはしゃいで誰彼となく会話を交わしている。マコトとも話しているみたいだ。
 仕方ない、これ以上遅くなる訳にもいかない。そろそろ中に入るか、そう決めた。
 店内に入り、恐る恐る、バスケ部の集まりの輪に向かった。アキラの背中が見えたのでそちらに近付いて行った。
 私がアキラの背後に立つと、メンバーが一斉に私を見た。
 あ、あの……、と、どきまぎしてしまう。
 なんと言えばいいのか、マコトの件はどうする?
 それより、この場をなんと切り返そうか。
 アキラ、何か言ってよ。アキラ、私が見えてるの? 初めてそんな疑問が湧いた。


 あたふたする私に誰かが声を掛けた。
「やっと来たわね。真琴。遅かったじゃない。晶がお待ちかねよ」
 え? 真琴? マコト……、私がマコトだったの?
 手を引かれ、アキラの隣に座らされる。空席が埋まる。
「さ、やっとこれで私たち◯高女子バスケ部全員が揃ったわね」
「そうね、あの自動車事故で晶以外みんな死んじゃったけどさ、こうやって集まれたのだから、結果オーライね、さ、もう一度乾杯しましょ」
 誰かの音頭でみんながグラスを持ち上げる。
 その日、その焼肉店は定休日で誰も居なかった。
 そうアキラ以外は。

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