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合同誌「Quantum」試し読み(個人創作)

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文学フリマ東京38で頒布予定の合同誌「Quantum」から、収録作品の試し読みを公開します。
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記事一覧

【試し読み】久湊有起 『アドラルトクについて』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、各編集部員による個人創作の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。 久湊有起 『アドラルトクについて』 アドラルトクはハンノキの皮で染められた美しい赤のパルカを纏い、イッカクの角の槍を携え、アビの風切羽が五十七も縫い付けられたバンダナを巻いていたので、島のどこにいても見つけることはたやすかった。特にユアの丘に抱えられるように迫り出した崖の上に座っていると、島の人々は大抵、かれに手を振って

【試し読み】原石かんな 『そして私は透明になる』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、各編集部員による個人創作の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。 原石かんな 『そして私は透明になる』 選ばれないことが死ぬことと同じであるとするならば、この世界には死人があまりにも多すぎる。 私のスマートフォン宛に二十四社目の不採用通知が届いたのは、新宿方面行きの山手線に揺られている最中だった。 リクルートスーツという名の喪服に身を包み、今日も今日とてこれから別の企業の説明会があ

【試し読み】那智『掌編 微熱』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、各編集部員による個人創作の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。 那智『掌編 微熱』 ドラッグストアのLEDは他のどこよりも白くて眩しい。 壁一面に並んだ医薬品の光沢のあるパッケージが一斉に点滅するように感じて、思わず一度目を閉じた。瞼の裏に残った色が消えていくのを待ちながら、ナカノの怠そうな声を思い出す。喉が痛いと言ったのだ。とにかく喉が痛い。咳が止まらない。と言いながら実際に何度

【試し読み】鈴木三子 『かせきこのかっぱ』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、各編集部員による個人創作の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。 鈴木三子 『かせきこのかっぱ』 新田久恵が家の裏手の池からやってくるカッパに悩まされて、もう一週間になる。 カッパ、というか、正直何と呼ぶべきかわからない生き物であるのだが、いつも濡れているし、頭はざんばら髪のようになっていて、二本の足で歩くので心の中での便宜上カッパと呼ぶことにしている。日が暮れるころに勝手口にぬうと現

【試し読み】 石田幸丸 『深淵のリチェルカーレ、あるいは文学の捧げもの』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、各編集部員による個人創作の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。 石田幸丸 『深淵のリチェルカーレ、あるいは文学の捧げもの』 男は話しはじめた。 「ちょうどカフェを出たときだったんですよ。雨が降っていて、こう、下り坂がだらだらと続いている道で、そのずっと先で、バスが扉を閉めるのが見えました。ブレーキランプが消えて、そのまま走っていった。あぁ、って。それまでさんざんコーヒーのおかわりで