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『うちの男子荘がお世話になります!』③

〇EP2『事件発生』


 よく晴れた土曜日の朝、洗濯物を干しにベランダに出たら、人影をふたつ見つけた。派手な茶髪の少年と、派手な柄シャツの青年。おれの隣に住む102号室の佐々木 榛名くん、通称『榛くん』と、203号室に住む吾妻 東西くん、通称『東西くん』だ。顔を突き合わせるふたりは、手元の1台の携帯電話に夢中になっているようだった。
「おはよう」
 あいさつをすると、ふたりはこちらをバッと見た。あまりの勢いに、下着をはさんだ洗濯ハンガーを手に固まっていると、今度は手招きされた。
「ちょっと、出てきて欲しいっす! 」
 小声で呼ばれた。
「どうしたの? 」
 便所サンダルを引っ掛け、急いで出て行くと、ふたりは夢中になっていた携帯の画面を、おれに見せてきた。
 目がチカチカするピンクカラー。サイドでキラキラと星が瞬く演出がされている。画面上部には、これまた目が痛くなる水色の縁取りで、『夢子の夢々なるままに』と書かれている。
 これは、202号室に住む柏餅 夢子さん、通称『お餅ちゃん』が経営している、自身のポエムブログサイトだ。本人の努力と、あと彼女の弟子である榛くんの宣伝力のお陰で、見事、アパート住民の愛読ページとなったサイトだ。もちろんおれも、頻繁にではないものの読んでいる。
「お餅ちゃんの“ブログ”? どうしたの? 」
「晴さん、最近の読んでないっすか? 」
 おれが質問すると、榛くんが噛みつくように聞き返してきた。
 そういえば、ここ2週間ほど、仕事が忙しくて読んでいなかった。
「なにかあったの? 」
 尋ねると、
「それが、なにか起こってる予感なんだよねえ」
 と、東西くんが返してきた。最新のページを開き、おれに押し付ける。
「ちょっとこれ、読んでみてよ」
 タイトルには、『ナイトメア・ラビリンス』と書かれていた。
「いつもなら、『ラブラブ・マシュマロ・ハート・アタック』とか、そんなタイトルなのに、珍しくダークだね」
 画面をスクロールし、読み進めてゆく。
『ナイトメア・ラビリンス
 ぽよぽよハートのキューティ・ラビット
 ぴょんぴょん夢をかけてくかけてく』
 恥ずかしがり屋で、人見知りで、どちらかと言えば暗めな性格のお餅ちゃんだが、ポエムの世界では、彼女はキューティ・ラビットということになっているのだ。
『ぴょんぴょん夢のキューティ・ラビット
 でもでもここはなにかおかしい
 あまいキャンディじゃないのよ
 まっくらくら
 ふりかえって、ぱくり! 
 おおきなお口の悪魔さん
 あたしのカラダをたべちゃった』
「……どう思うっすか? 」
 おれが最後の文章まで読んだのを確認すると、榛くんが尋ねてきた。
「そうだねえ。いつも書いてるポエムと違うね」
 いつもは、『ふわふわキャンディ・キューティ・ラビット、ぺろぺろキャンディおいしいの』とかだからね。
「なんて言えばいいんだろう、うーんと、いつもより具体的で、語彙力あるよね」
 おれが言うと、榛くんが不服そうな顔をした。
「いつもの師匠が語彙力ないって言ってるっすか? 」
 ムッツリ文句を言うと、「違うんすけど、そうなんすよ」と、変な答え方をした。
「いつもより現実味がある、ってのは、いい目のつけどころだね。さすが晴さん! 」
 東西くんが言う。
「問題は、内容っすよ! 」
 と、榛くん。
「なんか物騒じゃないっすか? 」
 たしかに。タイトルからして、ナイトメア……悪夢であったり、ラビリンス……迷宮であったり。いちばん気にかかるのが、
「悪魔に食べられちゃうところとか、なんか、ゾッとするね」
「そうなんすよ! 」
 榛くんが赤べこのごとく激しく首を上下させる。
「あとでさかのぼってもらえばわかるけど、2週間前からずっとこんな感じなんだよ」
 東西くんが携帯をズボンに戻して言った。
「人って落ち込む周期があると思うんすよ」
 と、横から榛くん。
「けど、2週間もずっとこれってなったら、心配になって来て」
「お餅ちゃんには聞いてみたの? 」
 原因って言うか、お師匠様なんでしょ? おれは聞く。
 明るい茶髪に金のインナーカラーという風貌の榛くんは、チャラチャラした見た目と裏腹に将来の夢は小説家で(しかもかなり渋いものを書くのだが)おなじ創作仲間であり年上のお餅ちゃんを師として慕っているのだ。一方で、お餅ちゃんも忠犬のような榛くんを弟子として認めている。
「それが──」
 忠犬榛くんが眉を下げて言う。
「教えてくれなかったっす」
「教えてくれなかった? 」
 そうっす、と唇をすぼめる。
「聞いてみたっす。“師匠、最近、なにかあるっすか? ”って。そしたら、“悪の訪ね人に榛くんはまだ早すぎる”って言われたっす」
「“悪の訪ね人”? 」
 おれが首を傾げる横で、東西くんは心なしか楽しそうだ。
「さすが電波作家さん! 言葉の重みが違うねえ」
 ケラケラ腹を抱えた。それを許さないのが、弟子の役目だ。
「笑い事じゃないっすよ! 」
 と一喝する。「とにかく、」榛くんは続けた。
「おとなの人にだったらなにか話してくれるかも知れないと思ったっす」
それで、たまたま通りかかった東西くんを捕まえて相談をしていたらしい。
「なるほど」
 おれは万事納得する。
 「でもさ、」東西くんが口を開く。
「さっきは“電波作家さん”なんて冗談言っちゃったけど、本当になにかありそうだよね」
 だってこれ、ポエム作品とはいえ、大体の部分、お餅ちゃんの日記な訳でしょ?
「困ってるなら、同じ屋根のよしみ、助けてあげた方がいいんじゃない? 」
 それは、おれも同感だ。
「でも、話してくれるかな? だってほら、いちばん関係が近い榛くんにも話してくれなかったんでしょう? 」
「まだ早いって理由からだよね? 」
 東西くん。
「榛くんの言う通り、おとなが聞いたら話してくれるかもしれないよ」
 って、ことで。と、東西くんはおれの肩をポン、と叩いた。
「よろしくね、晴さん」
「え、おれ? 」
 突然の指名に、おれはギョッと東西くんを見上げる。派手服の東西くんは、にっこり、不自然すぎるほど穏やかな笑顔を浮かべて、おれを見下ろしていた。
「だって、アパートの最年長だしさ。ボクはほら、“こんな感じ”だから。心開いてくれないでしょ」
「リョクさんは? 」
 おれはハッとして言った。
 佐々木 緑さん、通称『リョクさん』は、大家見習い兼 榛くんのお兄さんだ。見習い、と言っても、現在、佐々木男子荘の管理のほとんどはリョクさんがやってくれている。
「そうだ、リョクさんに報告したほうがいいよ」
 提案するおれに、真っ先に榛くんが首を横に振った。
「兄貴はダメっす! 絶対に頼りたくないっす! 」
「ダメって言ったってさあ……」
 おれらのすることでもないんじゃないの? と頭をかくおれに、榛くんは深々、お辞儀をしてきた。
「お願いするっす、晴さん! 晴さんしか頼めるおとながいないっす! 」
「ああ、榛くん──」
 さっきまでは東西くんに頼むつもりだったじゃん、という言葉は飲み込んだ。師匠のために必死に悩む榛くんの頼みを断るのが心苦しくなってしまったおれは、
「うん、わかった! 聞いてみるよ」
 決心し、引き受けることになった。


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