見出し画像

『うちの男子荘がお世話になります!』①

⚠本作は『note創作大賞』に応募している作品であり、冒頭部にネタバレを含むあらすじが掲載されます。ネタバレをご覧になりたくない方は、目次より「本編」を選択してくださいますよう、お願いします。


あらすじ

営業成績が悪いと地方へ異動が決まった会社員、牧南マキナミ 晴太郎セイタロウは、築40年のボロアパート『佐々木男子荘』に住むことになった。
『佐々木男子荘』の住民は、年中セーラー服の『船長』、家出中の高校生『榛くん』、放浪人『東西くん』、無口すぎる『殿下』、何故か男子荘に住む女子『お餅ちゃん』と個性豊か。
ある日、晴太郎は榛くんから心配事を相談される。それはお餅ちゃんのことで、最近の彼女の様子がおかしいとのこと。
本人に尋ねると、出したゴミを船長に漁られるという被害に遭っていた。しかも、大家見習いであり、榛くんのお兄さんでもあるリョクさんも関与しているとなって、榛くんが怒りを露わにする。
結局真相は、お餅ちゃんがゴミ出しのルールを把握していなかったために、船長とリョクさんが分別し直してくれていただけのことだったのだが、榛くんのお兄さん批判は止まらない。リョクさん曰く、思春期なのだそう。
住民たちは自らの思春期について思い出を語り合う。
晴太郎たちは、お餅ちゃんのお母さんが、お餅ちゃんが思春期で反抗をしている間に亡くなってしまったという話を聞く。
「今日元気だった人が明日にはいなくなってしまうことがある」
そのエピソードが、榛くんを家族のもとへ動かすきっかけになった。







本編

〇PROLOGUE

 「セイちゃん。私ね、晴ちゃんは、ここに向いてない気がするの」
 いままでどうでもいい世間話を垂れ流していた足立課長は、急に真剣な顔でおれに言った。約6ヶ月前に破局して以来、ただの上司と部下になって以来、はじめてのふたりきりのレストラン。
「どういう意味っすか? 」
 “晴ちゃん”。あの頃ぶりにその呼び名でおれを呼ぶ足立課長は、ワインで口を潤すと、おれの質問に答えた。
「他の社員と比べて、明らかに営業成績が悪いのよ。晴ちゃんが頑張ってるってことは、みんな知ってる。いろいろ試行錯誤してることも。でもね、新卒の子に負けちゃうようじゃ、正直言って、この先厳しいと思うの。わかるでしょう? 」
 と、言う訳で。
 おれの異動が決まった。
「田舎だからって気を抜いちゃだめよ! ここと一緒で、コミュニケーションを大切にね。ほら、新しい土地で心機一転ってことで。私も一回行ってみたことあるけど、自然がおおくていいところよ! 」
 机の中の一式を詰めた段ボールを持つおれの背中を、そんな慰めでもって、足立部長は思いきし引っぱたいた。
 物欲の無さが功を奏し、引っ越し業者の悩みは抱かずにすんだ。おれの荷物は軽自動車一台に詰め込めるだけしかなかった。高校を出て、大学、社会人と約9年間過ごしたワンルームの思い出は、段ボール4つで事足りてしまったのである。
「なんつー、ミニマリスト」
 買ったばかりの中古の軽に荷物を詰め込むと、9年の月日を暮らした部屋に別れを告げる。突然の異動と引っ越し作業のバタバタで既に疲弊しきっていたからか、寂しさも、何の感情も湧かなかった。ただ、エアコンの効きが良すぎるところだったなあ、とだけ。
 二十歳の頃に免許を取って、3度目の運転。公道を走ることに手が震える。ETCカードがしっかり挿さってるか何度も確認する。アクセルペダルに慎重に足を乗せ、さあ、出発。
 自分がスムーズに高速道路に乗れたことに驚いた。一度乗ってしまえば、なんてことない。体の震えも手汗も次第に引いてゆき、カーラジオに耳を傾けられるまでになった。ラジオ、なんて古臭いと思っていたが、ただの食わず嫌いだった。これもこれで面白い。
「いいことも悪いことも、なんでも経験なのよ」って姉御彼女だった足立課長はよく言っていたが、たしかに、異動なんてことがなければ、おれは一生車なんて運転しなかっただろうし、高速道路から見下ろす街々のドラマチックさも、カーラジオの楽しさも知らなかっただろう。悪いことばかりではない、おれは自分に言い聞かすように思った。
地方に異動して、また日常がはじまるんだ。心機一転、新たな日常を精一杯がんばってゆこう。
 当時のおれは、そんなことを考えていた。暢気に。ああ、なんて暢気だったのだろうか。
 なんとなく社宅が嫌で、自ら選んだ『佐々木男子荘』。
 築40年、木造二階建て、全6室のボロアパートの住人たちが、あんなにも、非日常の集まりだったとは!
 足立課長、どうやらおれの平穏な日常は、あなたが下した異動という判断で、すっかり消えてしまったようです。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?