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『うちの男子荘がお世話になります!』④

〇EP3『事情聴取』


 「なんか……ごめんね、こんな部屋で……」
 段ボール4つで引っ越して来れるほど荷物の少ないおれだが、荷物が少ないからといって、部屋が整頓されてて綺麗かと言われればその限りではない。
 面倒臭がってゴミ箱を買っていないから、ゴミ袋はむき出しのままだし、自炊をしないからカップ麺や弁当の空き箱がシンクに重なっている。床や通販サイトで適当に購入した机の上は、郵便受けに突っ込まれるチラシや、保険案内の封筒の住処になっている。「清掃って概念が存在しないの? 」とかつて足立課長に言われたことがあったが、正直言って、不潔より面倒くささが上回ってしまうのだ。
 そんな、一家丸ごとゴミ箱のような中、申し訳なさから敷いたレジャーシートの上に、白いワンピースを着たお餅ちゃんが座っている。部屋全体が淀んでいるせいか、お餅ちゃんの頭上にだけスポットライトが差し込んで見える。

 時は遡ってほんの10分ほど前。
 榛くんに背中を押され、おれはお餅ちゃんの部屋のチャイムを鳴らしていた。
「ポエム、読んだよ……なんか、困ってることある? 榛くんたちも心配してて……さ、おれでよければ、話聞こうか? 」
 たどたどしく誘えば、不安気におれを見上げていたお餅ちゃんの表情が急に緩くなった。
「聞いて、頂けますか? 」

 と、いう訳で、お餅ちゃんが我が家に来ている。いくらお餅ちゃんとはいえ、女の子の部屋にお邪魔するのは忍びなかったからだ。
「いえ、押しかけちゃったのはこちらですし」
 お餅ちゃんはちいさく手を振りながら言う。
 東西くん曰く、電波作家のお餅ちゃんは、書くポエムこそアレだが、ちゃんと礼儀のなった、一見ふつうのお嬢さんなのだ。
「で、“ブログ”の件なんだけど……」
「ああ、はい……」
 お餅ちゃんが俯く。
「いつも、ほわほわしててかわいらしい詩を書くお餅ちゃんだったのに、急に“ナイトメア”だの、“悪魔”だの出てきたから、心配になっちゃって」
「その件なのですが……」
 ふう、と顔を下げたままで溜息を吐く。
 こぶしをギュッと握り、ちいさくうなずく。
 顔を上げたお餅ちゃんと、目が合った。
「ワタシ──船長から、ストーカー被害にあってるんです! 」
「え⁉ 」
 『船長』、というのは、おれの上の階に住む、大本 黛泉くんのあだ名だ。
 年中セーラー服を着ている美青年。いつもぽわぽわしてて、性欲のカケラもなさそうな船長が、まさか、お餅ちゃんのストーカーをしているなんて!
「な、なにかの間違いじゃ……」
 言うおれに、
「間違いじゃありません! きちんと現行犯で見てるんですから! 」
 と、お餅ちゃんは言った。

 船長からのストーカー行為に気がついたのは、2週間前。
 それまでは、ゴミ捨てのタイミングが被るお隣さん、という感覚だったという。

 「越してきてからずっと、船長とはゴミ捨てのタイミングが同じでした。ワタシがゴミ捨て場から家に戻るタイミングで、船長がゴミ捨てに来るんです。で、あいさつしてすれ違う」

 ある日、お餅ちゃんは捨て忘れていたゴミがあることに気がついた。
 ゴミ捨て場に向かって歩いていた時だった。

 「船長が、まだゴミ捨て場にいたんです」
「ゴミを捨ててる最中とかでなく? 」
「いえ、違うんです」
 お餅ちゃんは首を横に振る。
「ワタシが船長とすれ違ってから5分程経ってましたし、ゴミをゴミ捨て場に置くのに、そんなに時間かかりませんよね? ネットを持ち上げる時間を入れたとしても、数十秒じゃないですか? 」
「確かに」
「それに、船長の様子は、あきらかにゴミを捨ててる感じじゃなかったんです」

 中腰に屈んで、なにかをしている船長。いったいなにをしているのか。
 どこか嫌な予感がして、お餅ちゃんは近付かず、その場からそっと、船長を覗き見た。そしたら──

 「ワタシの捨てたゴミを漁ってたんです! 」
「ゴミを漁る⁉ 」
「怖くなって部屋まで走り逃げました」

 部屋に逃げ帰ったあと、お餅ちゃんは勇気を振り絞って、ゴミ捨て場の見える窓から船長の行動を監視することにした。

 「万一にも見つからないように、カーテンの隙間からそっと、見たんです」

 お餅ちゃんの出したゴミをひと通り漁り終えた船長は、ゴミ袋の封を閉じた。そして、なんとそれを持ち帰ったのだ!

 「ゴミを持ち帰るって……あの船長が……まじか」
「しかも、一回きりじゃないんです。その後も監視を続けましたが、毎回なんです。船長は毎回、ワタシの捨てたゴミを漁り、毎回持ち帰っていたんです」
 言い終えたお餅ちゃんは、両手で顔を覆い、泣き始めてしまった。
「ワタシ、怖くなっちゃって……プライバシーの侵害もいいところです……これじゃ、安心してゴミ捨てできません……」
「そりゃそうだ」
 おれはうなずく。
「リョクさんに相談してみようか? 」
 聞くと、お餅ちゃんはビックリしたように、その場で跳ね上がり、手を顔から外した。
「いえいえいえ! ダメです! 」
 首と手をブンブン左右に振る。
「絶対ダメですよ! “共犯者”なんですから! 」
「共犯者⁉ 」
 なんとこの事件、船長だけの問題ではなかったようだ。なんと、大家見習いのリョクさんも、共犯なのだと言う。
 すっかり涙が消し飛んだお餅ちゃんが、説明する。
「ワタシも最初は、リョクさんに相談しようと思ったんです。警察だなんて、大事にはしたくなかったですし……それで、動画を撮ろうとしたんです」

 証拠を残すべく、お餅ちゃんはカーテンの隙間に携帯を構えた。
 お餅ちゃんの読み通り、船長はお餅ちゃんのゴミを漁っている。と、その時、近所の清掃に来たリョクさんがやって来たのだ。手に竹ぼうきを持ったリョクさんは、ずんずん、まっすぐに船長に向かって歩く。
 現行犯逮捕か──思ったのも、束の間だった。
 ゴミ袋を漁る船長にリョクさんは笑顔で声を掛け、一礼。そのまま、通り過ぎて行ってしまったのだ!

 「衝撃──というか、絶望でした……まさか、リョクさんがストーカー行為を黙認するだなんて……! 」
 以降、お餅ちゃんは誰にも相談できず、ポエムに昇華し続けていたのだという。秘められたSOSに、誰かが気付いてくれる、その日を待って──……



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