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『うちの男子荘がお世話になります!』⑨

〇EP8『佐々木家の事情』


 恐らく酒が回ってなければ、こんな踏み入って失礼な質問なんてしなかっただろう。無意識に口から出てしまった言葉に、おれは慌てて、「あ、その、すみません」と後悔した。
 しかしお人好しのリョクさんは、まったく気にしていないと言った表情で笑ってくれた。お餅ちゃんの件が解決したのが嬉しかったのだろう。「榛名のことですか? 」と、快く答えてくれた。
「わたしだけじゃないんですよ、親にも反抗的なんです。思春期、というやつですよ。わたしらと榛名の間で、考え方が違っていましてね」
「考え方が違ってる? 」
「はい」
 リョクさんはやっと、美味しそうにビールを飲んだ。
「あいつの──榛名の将来の夢のことなんです。みなさん、榛名の将来の夢、ご存知ですか? 」
「小説家、ですよね」
 おれが答える。
「はい。そうです」
 と、リョクさん。
「榛名は将来、小説家一本で食っていきたいって言ってるんです」
 最初は大学も行かないなんて言ってましたが、なんとか説得しました。
「大学を出たら、就職せず、小説だけを書くって言うんです。わたしは小説なんて書きませんからわからないんですが、小説を書くのってすごく時間がかかるし、労力を費やすみたいなんですよね。だから、小説だけを書いて、出版社に持ち込んだり、賞に出したりしたい、それでプロになるんだって」
「なるほど」
 東西くんが最後のポテトを口の中に放り込む。
「でも、人生そんなうまくいくはずないじゃないですか。食べていけてる小説家なんて、多く見えるだけで実際にはほんの一握りでしょうし、食えるまでになるまでがまず大変じゃないですか。だからわたしら家族は、ちゃんと就職して欲しいって伝えたんです。仕事をしてても小説は書けますし、ちょっと調べてみたんですが、プロであっても、だいたいの人がそうしてるらしいじゃないですか」
 おれも、リョクさんの意見にうなずく。
「わたしら家族は、小説を書くなって言ってるんじゃないんですよ。小説を書くか書かないか、その自由は榛名自身にありますし、榛名が小説で食えるようになりたいと願うのも、榛名の自由です」
 ただ。
「それが、榛名には夢の否定に聞こえたんでしょうね。進路の相談をしてきた際に、わたしも含む両親側と、榛名とで大喧嘩してしまいましてね。翌日、今の部屋へ、家出してしまったんです」
「そんなことが……」
「はい」
 お恥ずかしながら、とリョクさんは底に溜まった泡のなくなったビールを一気に飲み下した。
 それから当たり障りのない世間話を1時間ほどして、お開きになった。アパート前で解散になった時、船長がリョクさんの手を取って、
「喧嘩……早く仲直りできますように……」
 と伝えていた。


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