見出し画像

『うちの男子荘がお世話になります!』⑭

〇EP13『残された写真』


 「ワタシの家族は、ワタシと、父と、母、3人家族でした」
 お餅ちゃんのお父さんは動物雑誌の編集者、お母さんは動物の写真を撮影する写真家だった。
「こういうのを職場婚って言っていいんでしょうか、まあ、そんな感じの関係でした。実際に、母の撮った写真を雑誌で使うこともありましたし」
 アフリカ、サバンナ……様々な国や地域に出掛け、写真を撮影していたらしい。
「凄いね」
 おれが言うと、
「はい」
 お餅ちゃんは、明るい顔でうなずいた。自慢のお母さんなんだろう。
「でもやっぱり、いろいろ仕事で世界中飛び回っているので、家にはほとんど帰って来ませんでした」
 お餅ちゃんのお父さんは、忙しいながらも、ほとんど、男手ひとつでお餅ちゃんを育て上げたという。
「まあ、父も、仕事に追われていたので、祖母の家に預けられることも多かったんですけどね」
 お餅ちゃんのお母さんは正に夢に生きる人間だった。お餅ちゃんの、『夢子』という名も、お母さんがつけたらしい。世界の動物を追いかけ、家族団欒も、年に数回、あるかないか程度だったらしい。
「家は裕福でした。欲しいと言ったらなんでも買ってもらえる程度には、金銭面では恵まれていました。けど、精神面ではかなり貧困だったんです」
 お友達の家では毎晩、夕食は家族で囲むといっている。休日には家族で遊園地に行ったり、正月には家族でおせちをつついたり……でも、お餅ちゃんの家にはない。
 みんなが羨むおもちゃは全部もってる。みんなが欲しがってて、でも買えないゲームもゲーム機も、本も、服も、靴も全部。
「でも、どれだけおもちゃに囲まれようとも、どれだけお洋服に囲まれようとも、寂しいという気持ちは埋まらなかったんです」
 寂しさでいっぱいだった幼少期のお餅ちゃんは、思春期を迎えた。
「ひどい反抗期を送りました」
 お餅ちゃんは言う。
 お父さんに無理難題を言って駄々をこねたり、お母さんから定期的に送られてくる手紙を返さなかったり、家出を繰り返したり。
「いま思えば、構ってもらいたくて必死だったんだと思います。赤ちゃんみたいで、恥ずかしい」
 そんなある日、お母さんが数カ月ぶりに家に帰ってきた。嬉しい、はずなのに。
「心と体がバラバラになっちゃったみたいで」
 お餅ちゃんは、ひさしぶりに帰ってきたお母さんを罵っていた。
「“どうして帰って来たんだ”とか、“そんなに動物が好きなら、動物と結婚すればいい”とか」
 声が枯れるまで怒鳴りつくした。そのまま、家を飛び出してしまった。
「祖母の家に閉じこもってました。祖母から連絡がいったみたいで、父と母が説得に来ましたが、ワタシは頑として家に帰りませんでした」
 そのまま、お母さんの出国の日が来てしまった。結局、お餅ちゃんはお母さんを見送らないまま、お婆さんの家に閉じこもったままいた。
「その一週間後、母が亡くなったんです」
「え」
 突然の展開に、おれは思わず声を出してしまった。
「父は詳しいことは話しませんでした。ただ、“不幸な事故”だったと」
 知らせを受けた翌日、お餅ちゃんの元に、一通の封筒が届いた。
 お母さんからだった。
 封筒の中には、手紙と、一枚の写真。キリンと2ショットを決める、お母さん。
 手紙には、お餅ちゃんを大好きだということ、命よりも大切だということ、
「そして、ワタシの書く詩のファンだということが書かれていました。ワタシのファン、第1号です」
 お餅ちゃんは微笑んで見せたが、頬には、涙が伝っていた。
「ワタシはワタシの反抗期をきっと、一生後悔し続けると思います。だからこそ、榛くんには同じ思いをして欲しくないんです。人生はなにが起きるかわかりません。今日元気だった人が、明日にはいなくなってしまうことだってあるんです。もちろん、自分自身だってそうです」
 本人に直接伝える勇気がなくて、晴さんで練習してしまいました……お餅ちゃんは笑って、締めくくった。
「うん」
 おれも、お餅ちゃんに笑顔を見せる。
「おれに話してくれて、ありがとう」
「いえ」
 お餅ちゃんは、今度は涙を拭いて笑うと、立ち上がった。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 あいさつを交わして、扉を閉める。
 静まり返っていた隣の生活音が、また鳴り出した。


次↓↓↓

プロローグ↓↓↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?