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『赤い靴』をめぐる、ノスタルジックなエッセイ --マシュー・ボーン版と古典的バレエ映画版--

 振付家マシュー・ボーンは、愛すべき映画オタクである。心からの敬意を込めて、そう呼ばせてもらう。 彼の名刺がわりの代表作『白鳥の湖』にはアルフレッド・ヒッチコックの『鳥』やフェデリコ・フェリーニの『8 1/2』といった往年の名画を彷彿させる場面があるし、『シザー・ハンズ』はティム・バートンが監督した同名映画を原典とする。
 2021年2月11日〜2月25日に〈Bunkamura ル・シネマ〉で日本初公開され、3月中旬にアンコール上映される『マシュー・ボーン IN CINEMA 赤い靴』は、1948年の映画『赤い靴』および、ハンス・クリスチャン・アンデルセンによる同名童話を原作にした舞台作品『Matthew Bourne’s The Red Shoes』を映像化したものだ。演出・振付を手がけたマシュー・ボーンは、10代の頃から映画『赤い靴』を愛し続けていると公言している。音楽はバーナード・ハーマン(1911〜1975)による既存の映画音楽で構成し、『赤い靴』が公開された当時の雰囲気を醸し出す。オーケストレーションと追加音楽はテリー・デイヴィス、舞台・衣装デザインはレズ・ブラザーストンによる。
 2016年11月にプリマス・シアター・ロイヤルでのプレビューを開幕し、同年12月にロンドンのサドラーズ・ウエルズ劇場で初演されたマシュー・ボーンによる舞台版のその後の快進撃は、種々のパブリシティ資料に謳われている通り。2020年6月に渋谷の東急シアターオーブでライブ上演される予定だったが、コロナ禍のために全日程の中止を余儀なくされた。しかし2020年1月にサドラーズ・ウェルズ劇場での公演を収録した、ロス・マクギボンの監督による映像作品『マシュー・ボーン IN CINEMA 赤い靴』が、このほど日本で公開された次第である。
 2月12日、わたしは勇んでル・シネマに出かけた。何を隠そう、映画『赤い靴』は、我が人生における〈映画ベスト5〉の座を占め続けているのだ。学生時代に映画館で初めて見た後、VHSビデオを買い求め、DVDに買い換えてもなお折々に見返し、数々の名場面や名台詞が脳裏にしっかりと刻み込まれている。同じように映画『赤い靴』に接してきたに違いないマシュー・ボーンがこの映画をどう舞台化するのか、本映画のオールドファンを自認するわたしは興味津々だった。

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