【読む映画】『ダンガル きっと、つよくなる』

「オレの娘が男に劣るはずがない」

《初出:『週刊金曜日』2018年4月6日号(1179号)、境分万純名義》

 2016年の本国公開から現在まで、インド映画の歴代興行成績1位を維持するボリウッド作品。女性、とりわけ少女のエンパワーメントをモチーフにした、血湧き肉躍る実話の映画化である。製作・主演のアーミル・カーンの履歴でも、女性の人権をメインテーマにする作品は初めてだ。

 思いだされるのは、2012年にインドの首都デリーで発生した、集団による強かん致死事件である。
 犯行の凄惨さに加え、市民の怒りに更なる油を注いだのは、加害者のひとりが、英国人女性監督レスリー・アドウィンのドキュメンタリー『India's Daughter』〈インドの娘、2015〉の取材に答えた発言だった。「おとなしくやらせりゃよかったんだ。抵抗するから死ぬ羽目になった」、「まともな女は夜の9時に外出しない。女の仕事は家事と家族の世話で、ディスコやバーに行くことじゃない」などと被害者を非難したのである。

 アーミルはすかさず、自身が製作・司会を務める討論番組『Satyamev Jayate』〈真実は常に勝利する、2012-2014〉で、事件から提起される課題を、数回に分けて取りあげた。そのひとつに「ボリウッドの女性の描き方」がある。自分の過去作も含めながら、散見される女性像の歪み、たとえばセックス・オブジェクト(性的鑑賞物)でしかないとか、家父長制的価値観への従順を理想的に描くなどの問題点を、女優たちと話しあった。

 その延長線上の試みともいえるのが本作である。製作開始も事件発生と同じ年だ。優秀なアマレスラーながら、その道を断たれた男性が、子どもを通じて、祖国に金メダルをもたらす夢をかなえようとする物語である。
 日本にも似たような父娘がいると言われそうだが、本作の父親マハヴィールは、息子を授かることしか頭にない。周囲がお節介を焼いて、男児が得られると称する怪しげな手法をいろいろ伝授する。なのに娘ばかり4人も生まれてしまい、彼は失意のどん底に沈む。

 ところがある日、中学生の娘ふたりが、意地悪な少年たちをコテンパンにしたことを知る。そこで天啓を得たように興奮してつぶやくのだ、「金メダルは金メダルだ。男が取ろうが、女が取ろうが」

 そして、村中の笑い者や非難の的になりながら、娘たちの特訓を始める。香辛料の強い好物を禁じ、半ズボンをはかせ、断髪させて。保守的な農村では「反社会的」な大事件である。

 観客は「自分の夢を子どもに押しつける、ひどい親だ」と思う。とうぜん娘たちは反発し、ついには「あんな横暴な父親なんていなければいいのに」と口走る。
 そのときである。
「私はそういうお父さんがほしかったわ」と友人が漏らした。貧しい親にとって、違法だが根強く残る慣習のダウリ(婚資)を要求される娘の存在は、頭痛のタネでしかない。この友人も、両親に厄介モノ扱いされ、14歳で見知らぬ相手と結婚させられるところだった。

 インドでは、草相撲ならぬ「草レスリング」がけっこう盛んだ。タイトルのダンガルとは、賞金つきの草レスリング試合のことである。そのダンガルに少女が出場すること自体、いまの感覚からしても革命的だ。それがひと昔以上も前の現実で、対戦相手の少年を次々になぎ倒していくのだから、地域社会に与えたインパクトは凄まじいものだったに違いない。

 ところで、レスラーとしての身体づくりのため、マハヴィールが娘たちに鶏肉を摂らせようとするくだりがある。それまで夫の独断専行を忍従してきた妻のダーヤは気色ばんで「そんなお金がどこにあるの! 私は絶対に肉なんか料理しないから!」と猛反対する。 

 まず、インドで食肉というと、鶏肉・羊肉・牛肉が挙げられる。ふつう、これらのうち最も高価なのが鶏肉なのだ。
 そのこと以前に、圧倒的多数派のヒンドゥ教の守旧的価値観では、菜食のみが正しい食のあり方だ。このため、低カースト(とくに指定カースト=かつての不可触民)や、異教徒のムスリムのように、肉食をしたり、食肉の加工・小売に携わる者は、それだけでも蔑みの対象になりがちである。

 さらには近年、アーミルの前作『PK ピーケイ』〈PK, 2014〉でも見たように、ヒンドゥ至上主義政党の政権掌握以来、殺傷事件が頻発している。牛を神聖視するヒンドゥ教徒の暴徒が、牛肉の主たる消費者のムスリムを襲撃しているのだ。日本では見過ごされてしまうかもしれないが、これらへの批判もこめられていることを、きちんと読みとりたい。

 先述のデリー事件以降、ボリウッドをはじめとするインド映画界では、レスリングやボクシングなど女性格闘家を主役にする作品が増えているが、本作はことのほか出色の出来である。
 娘たちの将来を案じて「レスリングは男がやるものでしょ」と翻意させようとするダーヤに、しかめ面で返すマハヴィールの台詞がまた痛快。「オレの娘が男に劣るわけないだろうが」。インドでレスラー志願の少女が激増しているだろうことを想像するのに難くないが、親たちの反応もぜひ知りたい。

監督・脚本:ニテーシュ・ティワーリー
製作:アーミル・カーン
出演:アーミル・カーン、サークシー・タンワル、ファーティマー・サナー・シャイク、サニャー・マルホートラほか
2016年/インド/140分


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