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続・自分を受け入れられなかった日々

前編はこちら!

自分のアイデンティティが無くなっていっているのは気付いていた。

でも、私にとってはもう、
その偽りの自分こそが全てだった。
今更どうにもならないと思ってた。

いや、むしろ初めのうちは満足すらしていた。
完璧な自分に近付いていると盲信している間は、
これでいつかきっと、傷つくこともなくなるって思えたから。

だけどいつしか、
それが違うことに気が付き始めた。
言ってみれば、ハリボテの建築が初めこそ立派に見えたけど、
その脆さが次第に露呈していく、あれだ。(どれ?)

本当の自分を誰も見てくれない。
その事実が、ひたすらに辛かった。

だけど、それを受け入れたら終わりな気がした。

私は苦しいかもしれないけど、
誰かを傷つけさえしなければまだ生きていけるからって、
論点をすり替えて「まだ大丈夫」って念じ続けた。

仮に本来の自分でいたとして、
そんな自分を理解してくれる人なんていない。
理解されるはずがない。
こんなダメな私だもん。

それに……もう自分でも、自分が誰なのかわかってないじゃない。


そんなある日、彼女さんが私に言う。
「自分を偽るような人は嫌い。
なんでも私が言うことに合わそうとするのも、何かあるごとに謝られるのも、
見ていて辛くなるし、居た堪れない。
第一、自分を偽っても結局、本当の自分との間で苦しむだけだから。」

途端に、頭の中が真っ白になった。
放心状態で、ただ呆然とするばかり。
そうしてしばらくして、
怒りとも悲しみとも言い表せない様々な感情が体の中を様々に駆け巡った。

例えるなら、あれだ。螺旋丸の修行の段階で水風船がぼこぼこするやつ。
あんな感じで、今にもはち切れそうだった。

私だって、彼女さんが言ってることが正しいのはわかってる。
何も間違っちゃいない。
現に私は、防衛手段のはずの偽りの自分のせいで苦しんでる。

だけどこれは私の防衛本能の産物だ。
これまで、散々辛い思いをしてきた。
色んな人に存在を、人格を否定されてきた。
信じても裏切られたし、私も色んな人を傷つけたかもしれない。だからひたすらに怖かった。
みんなに嫌われるのが怖いから、
酷い言葉を投げかけられるのがしんどいから。

そんな私の苦しみも知らないで……。
私に似合わず、そんな考えすら浮かんだ。

偽りの自分こそが自分そのものになってしまった私にとって、
それを否定されるのは、これまでの自分を、
嫌われないように、嫌われないようにと必死だったその全てを否定されるのと同じだった。
受け入れたら、自分が完全に無くなってしまう気がした。

だけど、心のどこかではもう、受け入れていた。
気付いてくれたのが嬉しかった。


「完璧」でありたかった。
誰からも好かれていたかった。

だけど、偽りの自分を好いてもらったとして、
それは「私自身」が受け入れられてるのとは違う。
結局、空虚な空しさだけが残るんだ。

そう、本当に私が求めていたのは、
本来の自分を見てくれる、受け入れてくれる存在。
そしてそれは別に手の届かないほど遠くにあるわけじゃないんじゃない?

自分は一人だと思ってた。
誰も自分を見てくれてないと思ってた。

だけど、自分自身でさえ忘れてしまった「ありのままの自分」を、
彼女さんはずっと見ていてくれた。
私がどんどん自分を偽りで塗り固めていくのにも唯一気付いてくれていた。

私は一人じゃない。

彼女さんだけじゃない、LGBTであることを認めてくれた友人達、
自分からみんなとの関わりを絶とうとしても気にかけてくれた友人達。
みんな、そこにいたんだ。

彼女さんのおかげで、やっとそれに気が付くことができた。
だから今でも、あの子には頭が上がらない。ありがとう。

次回↓
https://note.com/saku1923_note/n/n7e2a6ec019f0

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