コミュニケーションスラムネオトーキョー:コミュニケーションスラムネオヨコハマ

 横浜駅西口前には喫煙所がある。高島屋の前、けっこう広い範囲に半透明のしきりがあって、そして駅の利用者が多いのか治安が悪いのか喫煙に寛容なのかは知らないけれど、いつの時刻でも周辺にあぶれた人がうようよいて、タバコを吸っている。

 たしか人と待ち合わせをしていたときのことだったと思う。平日の午後、高島屋前に立っていた。少し離れた喫煙所の出入り口のところでは、幾人かの外回り中のサラリーマンが一服、高島屋の紙袋を持った中年女性の一団が一服、露出の多い服を着た若い女性と柄の悪い男性が長話をしながら一服。そんな光景を私は見るともなしに見ていた。
 ふと向こうからぶつぶつ言いながらなにかを持ったサラリーマンがやってきて、よたよたと私の前を過ぎた。ちらと見れば両手にストロング・ゼロの500ml缶を1本ずつ、計1L。それを右手左手で交互に飲んでいる。ふつうなら1本飲みきってから新しいのを開ける。両手に同じモノを持って交互に食うなんて、アメリカのドラマに出てくる誇張されたデブ以外ではなかなかいない。しかもストロング・ゼロでやっているならなお異様だ。
 あら真昼間っからそれも勤務中に、と背中を横目で追っていると、泥酔サラリーマンは喫煙所の入り口の人だかりを見るや突如として「ウオーッ! ウオーッ!」と絶叫しながら駆け出した。
「お前らタバコは身体に悪いだろーッ!! 全員死ねーッ!!」
 入り口付近のおばちゃんに絡みサラリーマンに唾を飛ばし、何度も何度も「タバコなんて吸ってると長生きできねぇぞ! 身体を大切にしろッ!! 死ねーッ!」と絶叫し続ける。
「なんですかあなた警察呼びますよ!」
 何度も叫ばれたサラリーマンが泥酔サラリーマンに向かって喧嘩腰で叫ぶ。そう言われた瞬間、泥酔サラリーマンは膝から崩れ落ち、
「なにが警察だ、俺は今日クビになったんだよーッ!」
 泥酔元サラリーマンは地べたに這いつくばっておいおいと泣いた。迷惑被り殺気立っていた人たちはそれを聞いて、なじる気が失せたのかそっと目を伏せた。

 私はその光景を見て美しさに心を打たれた。泥酔元サラリーマンはきっとサラリーマンだったとき、一度も嫌いなタバコを吸っている人たちに死ねと言ったことはなかったんだろうな、と。まあ普段から死ねと思って死ねと言っていたのかもしれないけど。


 コミュニケーションスラムネオトーキョーという小説を文フリで出す同人誌に書いた。ギャグに滑って場から浮くと、とりもなおさず自分の物体としての身体も滑って空に浮いて、コミュニケーションに難のある人しかいない、東京の上空にあるネオトーキョーに飛ばされてしまうという話だ。
 ネオトーキョーは当然コミュニケーションスラムだからみんなコミュニケーションが下手だ。コミュニケーションを取りたいと思う人も取れていると思っている人も取りたくないと思っている人もいて、でもこっそり滑ったり浮いたりするのは居心地が悪くて嫌だと思っている。

 泥酔元サラリーマンはきっと悲しくて腸が煮えたぎってむしゃくしゃして悔しくて自暴自棄だった。クビを宣告された日の午後、家にも帰れず友達と会話もできず、酒をデブ式に飲み、昼の街を彷徨していたのだろう。
 あの思い遣りがあるのかないのかわからない「身体を大切にしろッ!! 死ねーッ!」の叫び声を思い出すたびに、人に喧嘩を売りたかったのではなくて、たぶん、今日クビになったと言うことを誰かに聞いてほしかったんじゃないかと想像してしまう。たしかに迷惑な人だったろうけれど、なんだか愛着が湧いてしまって、忘れることができないでいる。

(クロベ)

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