マジカル・ガンディズム:あるいは、アマチュア作家が"似非カルト"小説を書く理由

 半年前に書き終えた作品なので、今の自分とは思想性が若干異なる。一年前に書いた『モアイ・パラダイス』(「ドンと来い」第一号に載っている)の続編ですという雰囲気を出しており、どうやら三部作にする構えも取っている以上、次号に完結編を書かないと収まりが悪い。気に食わないやつに運命を握られている。
『マジカル・ガンディズム』はインド映画を見てガンディーに触発されたニートが現代のガンディーを目指してなんやかんやする話であり、ガンディズムという言葉は造語に見えるかもしれないが実際は先例がある。それについては作中でもある程度解説しているが、裕福な家庭に生まれ、イングランドでじゅうぶんな教育を受けたガンディーの思想は決して「シンプル」なものではなく、基本的には近代科学や、歴史を通じて思想が積み重なり洗練されていくことへの信頼から始まり、時の経過とともにその依拠するところを神的存在へ移していった、いや移すことにした、と私は推測している。ギャグ・コメディの多い小説だが、ガンディーとその思想に対して茶化すような態度を含んでいないのは読めば分かると思う。少なくとも、ガンディズムを理解することは現在を生きることへの大きなヒントになる、という点に関しては、今の私にもおおかた異論はない。
 若いうちに何となく社会に反抗するのは簡単なことだが、ほとんどの人間はおとなになる。そうでなければ革命家になるか、若くして死ぬか、他にもルートはあるだろうが、決してそう多くはない。その若者は死んだが何かは残された、ということもあるし、青春小説はそのように終わることが多い(と思う)が、おとなになるということをひと通りに括って考えないほうがいい、と今の私なら言うだろう。もっとも、ひと通りに括って考えたからこそ『マジカル・ガンディズム』は小説として成立している。
 個人主義という思想は「同志」が互いに「対立」するという点で興味深い。強いか、強くなる機会を手にしているか、あるいはそう信じている人間が個人主義を信奉するのだと思う。強者の理屈と呼べそうなものは総じてあまり好きになれない。ガンディーの思想は誰にでも実践できる。ガンディー自身が、誰にでも実践できるように思想を構築したのだ。そういうところが好ましい。だからこそ、小説で扱うのはある意味で簡単だったし、それゆえの瑕疵もある。
 三部作というものはたいてい二作目が最もつまらない。それでいいと思っている。二作目は山谷山の谷でいい。ひとつの対象に向かって二つも小説を書けば、作者もみずからのオブセッションを自覚せざるを得なくなり、何について考えれば良いかさえ分かれば、あとは気が済むまで考えればよい。二作で散乱した時空間がまとめあげられ、テーマは最も複雑に編まれて極点に至る、そういうものを見るのが三部作の楽しみだと思う。GBAの『逆転裁判』は良い三部作だ。『ダークソウル』も良くまとまっている。小説はちょっと思いつかない。『マジカル・ガンディズム』は早期に三部作にすることを決め、二作目のルールを自覚した上で書き進めたので、それほどつまらなくはないと思うが、結果としてあまり二作目らしくなく、その負担が三作目に持ち越されたような気もする。それで三作目が最もつまらなくなり本末転倒ということも十分ありうる。あまり縛られないほうがいいだろう。
 次回作じゃなくて今作の話をしなければ。個人的に、酒と温泉でトリップした主人公が米津玄師の幻聴を聞くシーンが気に入っている。

星が降る夜にあなたにあえた
あのときを忘れはしない
(米津玄師『海の幽霊』)

 なぜ無意識にコメディを書いてしまうのか、ということについて悩んだことはない。人を笑わせることは幼少期の自分にとって命に関わる問題だった。以上だ。あまりに明白だ。そして結果的にコメディは読者を牽引する。だから便利に使っている。しかし、すぐれたコメディ小説は自分がコメディであることを自覚している。『ガンディズム』はほぼ無意識に青春の失敗とコメディを重ね合わせることでそうした意義を作り出しているが、それは数あるコメディの価値のなかでも最も使い古されたものの類いなのは間違いない。むしろ、そのあたりで妙に趣向を凝らそうとしなかったおかげで、自分にしては読みやすいものが出来上がったのかもしれない。普段の自分の小説の読みにくさについては真剣に悩んでいる。
 ここまでさんざんネタバレの上に悪評を重ねてきたが、それでもこの小説に読む価値なしとまでは思っていない。独特の言葉遣いが面白いし、「元カノ」や「留学生」などの役名で呼ばれる登場人物たちにも味わいがある。そもそも、一作目の『モアイ』に比べて、小説としての完成度が高い。まとまっている。こんなことは珍しい。宮元早百合の創作史上においても重要な一作となるだろう。
 さらに保険として、この解説ではガンディズムについての説明もあまりしないでおいた。半年前にこんなフレーズを思いついたことを今になって思い出した。「読めば貴方もガンディーになる。」もちろん、そうに違いない。読めばよい。そして貴方もガンディーになってしまえばよい。記憶の中の自分は今もそう祈っている。(宮元早百合)

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