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万葉の恋 第13夜

「ぱぱぁ」

両腕を広げて声の方に
女の子が走って行く。

・・・。


「だめだろ、離れちゃ」

怒ったような言葉とは裏腹に
走り寄った女の子を抱きとめ
大きく息を吐いて
とても愛おしそうに抱きしめなおした。

まだ息が戻らないのか
肩がわずかに動いている。

ずっと、
探し回っていたのだろう。


・・・・。

「ママのとこ帰ろう」

「うんっっ」

抱き上げられた身体がフワっと浮いて、
女の子は楽しそうに笑った。

「すみません、娘が・・」

目の前の男性は
ようやく、私の方を向いた。

・・・。


「・・れん・・か?」

間違ってなかったから、頷いた。


こういうのって
本の中の話だと思ってた。

別れた夫との予期せぬ再会。

まさかの、子供つき。

子供“なんか”いらないって
言ってたくせに・・。

どんな相手であれ、
人を無視する事はしたくなかった。

「・・再婚、したんだ。」

私の言葉に視線を伏せる。

そんなに申し訳なさそうな顔
しないでよ。

「かわいい娘さんね」

それは、本当に思った事だったから、
嫌みに聞こえないように気を付けた。


「元気だった・・か?」

彼が私を無視しなかった事に
少し驚いた。

「・・うん。相変わらず
仕事も忙しいし。」

「そうか・・あんまり、無理するなよ」

また驚いた。
結婚している間は聞けなかった。


彼とは大学3年からの付き合いだった。
実家住まいの彼が、大学に近い
アパートに住んでいた私の家に
泊まって通学する日が増えて。

一緒にゴハン食べて、
彼の服も洗濯するようになって
ゲームやらマンガ本やら
いつの間にか置かれていた
彼のモノを片付けるようになって

社会人になっても、
それは変わらなかった。

いつの間にか、手も繋がなくなって

いつの間にか、キスもSEXもしなくなった。

それでも、独りよりはいいと思ったし、
楽だったし。

報われない気持ちに
足を踏み入れてしまわないように
いい防波堤だとも思っていた。

三上がカミングアウトした日から
半年後、

「結婚しようか」と言った私に
テレビを見ながら
「そうだな」と彼は答えた。

1枚の紙に書いた名前と住所。

昨日と同じ1日が
明日も続くと思っていた私と

“奥さん”になった私に
役割を求めるようになった彼。


仕事が楽しかったし充実していた。
必然的に忙しくなる私は
その役割に応える事ができなくなって・・

続けるなんて
できるはずがなかった。


「娘さんいくつ?」


「あぁ、3才になった」

結構、すぐ再婚したんだ・・。


あぁ・・そっか、


“後半”被ってたのか・・。

急に見えた真実。
気付けなかった昔の私が
一瞬で可哀そうになった。


「れんかは?」

私は・・

右手が指輪を触ったのは無意識だった。



「レンっっ」


!?


振り返ると、

「悪い、待たせた」

待ち合わせた覚えはなかった。

なのに、息を切らして走り寄った
彼の視線は、私しか見てない。

・・・・。

「・・大・・丈夫」

優しく笑った彼は、
ふと前を向き直った。

「えーっと・・」

女の子を抱いたまま立つ元夫と
私を交互に見る。

「あぁ・・元夫と・・娘さん」

視線があげられなかった。

“私の選択は間違ってなかった”
そう思って夜を超えてきたのに

バカみたい・・。

「あぁ、そう・・。初めまして。
三上隼人です」

わざわざ挨拶とか

!!

左手、指の間に彼の指が
滑り込んできた。

キュっと握られた手に
温度が伝わる。

「漣歌の婚約者です」

・・・・。

また呼ばれた私の名前。

やっと上げた視線の先、
元夫に向かって、
穏やかに笑う彼は
私の味方でいてくれた。


「ぱぁぱ」


女の子の声に引き戻されたように
向こうが声を出す。

「あっ、じゃあ、・・元気で」

「・・・あなたも」


「ばいばぁい」

小さな左手がひらひらと動く。

「ばいばい」


つられて私も左手を振った。



ちゃんと、笑えたかな


「まだ、売ってなかったんだな」

・・・・。

今さら手袋を外していた事に気づいた。

「・・明日、売る」

「レン・・。」

「・・何よ」

また握られた左手に、
動き出した足は止められた。

「泣いてもいいんだぞ」


なんでよ・・
「泣く必要ないじゃない」

「・・泣きそうな顔してる」

やめて
「そんな顔、三上の前で
した事ないでしょ」


わかったように言わないで。
だいたい、こんな街中で泣くとか

私は、

・・・・。

バランスが崩れたのは
彼が私の手を引いたから。
それでも転ばなかったのは
彼が身体を支えたから。

言葉を出せなかったのは

唇に温度と少しの圧を感じたから。


街中で・・何してくれてんの


「・・なんのつもり?」


「このまま、キスを続けるか?
泣くか・・だ」


どっちにしたって、
ここは離れたかったし

私は


彼のキスが欲しかった。


「今日、うちに泊まって」


視線を合わせず呟くと
ふぅっと息を吐いて彼が答えた。


「・・俺、無理かもよ」



そんなの

「やってみなきゃ、わからないでしょ」


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