見出し画像

万葉の恋 第11夜

「寒っっ、隠れるなら、中にしてよ」

思わず、胸の前で両腕を組んだ。

いつから、ここにいたのか知らないけど
屋上にいた彼を一発で見つけられた事に
ホッとした。

お互い、コートは病室に置いている。

彼も寒いはずなのに、
私の言葉に振り向かず、両腕を
手すりにかけたまま、立ちつくしていた。

先生からの話が
あんなに長く続くはずがない。

1度、ドアの外から音がした。

どこまで聞いてたんだろう。


「情けないよな・・」

こっちを見ない。

「今思えば、周りから
“結婚”の事を言われても
母ちゃんは言ってなかったんだ。
それが、急に言い出して・・
面倒くさいとしか思わなかった」


「・・本当に情けないわね」


私の言葉に
ため息をつきながら空を仰ぐ

「・・お前、そこは
慰めるとこじゃないの」

「“お前”は嫌い」

「・・レン」

「何?」

ようやく私を見た彼が

「今日は、ありがとな」

そう言って、
また淋しそうに笑った。


・・だから、嫌いなんだって、


「そんな顔で笑うなら、
泣けばいいのに」


近づいた彼の顔。
大きく目を開いたのがわかった。

何か言おうとしたのも
わかったから唇で彼の口を塞いだ。


「っっちょっ、ちょっと待て」


両肩をつかんで私を引き離した
彼は何度も瞬きしながら

「何して・・」
「キスよ」

「っっ!?」

「何よ」

「何よって。その・・うわぁ」

彼のセーター襟元をつかんで
また、引きよせる。

「キスを続けるか、泣くかよ」


「・・なんで、その2択しかないの?」

「キスが嫌なら、泣きなさいよ。」


「なんだよ、それ・・」


・・・・。


「・・ほら、ちゃんと泣けたじゃない。」


泣いた顔なんて、
見られたくないだろうから、

そのまま彼を抱きしめた。

「・・私達“結婚”するんでしょ」


声を出さない為に
手に力を入れているのだろう

苦しいぐらいに抱きしめられた。


「隼人」

初めて彼の名前を呼んだ。

「大丈夫よ。独りにはしないから」


黙ってうなずく彼の髪をなでる。

小さな男の子みたい。

その時、ふと頭に浮かんだ。

そう言えば、今日って・・

「‥レン」

「何?」

今までで一番近くで聞こえた声に
返事をする。

「また・・年とったな。
・・可哀そうに」


私も忘れてたのに・・。

こんな時まで
あなたは優しい。

「・・後で覚えてろよ」

こんな時まで
可愛くない私の言葉に
少し笑ったのがわかったけど
腕は、ほどかれなかった。

身体の内側だけが温かい。

「もう少し、・・後からでいいか?」


・・・・。


「あと少しだけね」

私の髪に顔を埋める彼を
守ってあげたくて
回した手に力を込めた。

「・・漣歌」

・・・・。

震えた声で呼ばれた名前。

ごめんね、隼人。
あなたは苦しんでるのに
悲しんでるのに


このまま時間が止まればいい。



そう願ってしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?