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シリア-17- アレッポからホムスへ

・アレッポ

アレッポは交通の要衝でもあり、古来より商業の中心地として栄えてきた深い歴史を持つ都市です。世界遺産にも登録されている東西南北に走る巨大なスーク(市場)は世界各地から商人や観光客を多く集めてきました。

アーチ型のスークの両端にはひしめくように商店が並びます。狭い路地が迷路のように入り組んで、行き交う人々とはすれ違うたびに肩がぶつかるほど。でも、それも戦争が起こる前の光景で、アレッポが戦場と化した2012年夏、このスークは政府軍と反体制派との銃撃戦の舞台になりました。

戦争で崩れ落ちたスーク
修復作業を終えて改築されたスーク

アレッポ城を訪れたあと、アブドゥルに案内されたのは、焼け焦げて、瓦礫の山が積み重なったままのスークでした。それでも、一部は再建されつつありましたが、現状では商売が成りたたないと店主は嘆いていました。

「店を開いても、客は誰も来ない。まったく商売にならないよ」

2年前に避難先のオマーンから帰国したアフマド(50)はため息をもらします。僕に、「これはどうだ?今なら安くしておくよ」と必死で売り込みをかける様子は商人魂というより、生きることに精一杯の様子がうかがえます。ちなみに、シリアの伝統工芸品は緻密で繊細で美しく優雅で、素晴らしいものばかりです。僕は、店主の勢いもあり、いくつか購入させていただきました。それでも、今日はしのげても、明日の安定した収入は見込めません。

アサド政権は現在、シリア全土の70パーセントを支配下に置き、戦争は一時的に落ち着きました。しかし、経済はと言えば、悪化する一方です。国際社会からの制裁で物価は高騰し、失業率は高いまま、仮に仕事にありつけても給料は戦争前と比べて四分の一ほどにまで落ち込んでいます。

僕は、アレッポを離れる日、一件の小屋の前で長い列を作る人々を見かけました。アブドゥルに尋ねると、政府の助成金でパンが安くかえるという。ピザ生地のような薄くて丸い形をしたパンはシリアでは主食ですが、六枚ほど入って70円。助成金が加わると、30円ほどで購入できます。この40円の差額が払えないほど人々は困窮してのです。

「こんなにシリアが大変なときでも、アサド大統領の支持率は90パーセントを超えているんでしょ?」

独裁国家にはありがちな形ばかりの支持率の高さを僕は皮肉りました。すると、アブドゥルは意外なことを口にしました。

「50パーセントもないかもな」

アブドゥルの言葉に僕は内心驚きました。てっきり、アブドゥルはアサド大統領を熱烈とまではいかないまでも支持している側に立っていると思い込んでいたからです。僕は咄嗟に尋ねました。

「アブドゥルはどうなの?支持してるのか?」

少し間をおいて、「どうだろうな」と曖昧な言葉で口を濁しました。

・アレッポからホムスへ

それから、しばらくして、アレッポからシリア第三の都市ホムスに着くと、給油するためガソリンスタンドに向かいました。まだ開店前ですが、すでに車列がびっしりと遠くの方までつながっています。給油するころには日が沈むんじゃないかと心配していましたが、アブドゥルはカバンからA4の紙を一枚取り出し、スタンドで提示しました。すると、別の列へと案内されました。

革命の象徴として称賛された都市、ホムス
戦闘は何年も続き、反体制派地域は破壊され尽くした

「日本人の観光客を乗せてるから、優遇してもらったんだ」

アブドゥルはシリア政府の観光庁が発行した書類を見せてくれました。そこには詳細な日程と僕の名前からパスポート番号まで記されていました。それでも、一時間ほどは待たされました。その待ち時間、何台もの車がまるで誰もいないかのように列をすり抜けて、給油しているのを目にしました。

「さっきからなんだよ!列にも並ばずにガソリン入れやがって!あいつらは何様だ」

僕がアブドゥルに不満を爆発させると、彼はうんざりとした表情を浮かべました。

「あいつらはアサド大統領の親衛隊さ。リアガラスにアサド大統領の写真を貼ってたり、車内が見えないように窓を黒塗りにしてるのは、親衛隊の可能性が高い」

「誰も親衛隊には逆らえないの?アサド大統領と近い関係だから?」

「親衛隊(シャッビーハ)や秘密警察(ムハバラート)はシリア人からも嫌われている。やつらはアサド大統領の名前を借りて好き放題やってるからな」

アブドゥルがアサド大統領の支持率を50パーセントほどだとほのめかしたのも、親衛隊や秘密警察が気に入らないからなのか。経済が崩壊している中でも、親衛隊は高級車を乗り回し、貧困にあえぐ市民をまるで気にかけていないようでした。壁に耳あり障子に目ありの監視社会のシリアで、外国人の僕に親衛隊の悪口なんて言って大丈夫なのだろうかとふと思いましたが、戦争で疲弊した市民の不満を完全に抑えることなどできません。

クラック・デ・シュヴァリエ城

給油を終えると、ホムスから60キロほど先にある世界遺産、クラック・デ・シュヴァリエ城を訪れました。山の頂にどっしりと腰を据えるこの城は、1000年ほど前に建てられ、歴史の流れと共に改築され、シリアの観光地でもとりわけ人気が高いことで知られています。でも、一時期は反体制派が城を占拠し、そのふもとの村々を巻き込んで、戦闘が続いたこともありました。城も一部が破壊され、現在はその修復作業が行われていました。

城を一望できるレストランでの食事

城を一望できるレストランで食事をすると、何人かのヨーロッパからの観光客と鉢合わせしました。少しずつではありますが、観光客は戻りつつあるようです。とただ、城からすぐ近くのレストランのオーナーに聞くと、一日に10人くればいい方だと暗い顔をしていました。

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