27.自分の内部にある空洞

笑顔で私の顔を覗きこんだ彼はきっと
「まさか!こんなにひとりで食べるわけないでしょ」
みたいな返事しか予測していなかったのだと思います。

少しの沈黙の後で
「食べたよ、ひとりでこれ全部食べた」
私はそう答えました。

彼はそれも冗談だと思ったようでしたので
「私ひとりで食べた」
もう一度繰り返しました。

彼の返事は
「マジか…そっか…まぁ食いたい日もあるよな」
でした。
多分やけ食いの類の一時的な過食行動だと思ったのだと思います。

この時、勇気を出して摂食障害のことを打ち明けていたら、その後の彼との結果は違ったものになっていたかもしれません。
でも私は言えませんでした。
なんとか頑張って過食してることは言えたとしても、嘔吐は言えないと思いました。

食べても食べても満たされないのは、私という人間の核となる部分にぽっかりと穴があいてしまっていて、その穴は本来成長段階で自然と埋められているもののように思います。
その穴を埋めるものがなんなのかははっきりとは分かりません。
でも言葉にするとしたら抽象的でピンときませんが、やはり愛とか信頼とか安心感とかが当てはまるような気がします。

自分の内部にあるそれを埋めたくて食べる
食べている間は自分にぽっかりあいた穴のことは忘れていられる
でも本当に欲しいのは食べ物じゃない
今どれだけ愛されても、私が欲しいのは今の私に対する愛じゃない
もっと小さな私
何もできずただ泣くしかできない小さな私
その私を守って愛して欲しい

満たされなかった期間が長すぎて、私は愛情を拒否することで更に愛情を求めるという、非常に非効率な手段として嘔吐しているように感じていました。

彼が私を喜ばせようとして、私にお金をかけてくれる
レストランを予約し、旅行では珍しい食べ物を食べさせ、行列に並び人気のスイーツを買ってくる
私はそれを1回飲み込み、そして嘔吐する

彼側からみたら、私の嘔吐は自分の好意と自分が一生懸命働いて得たお金をドブに捨てるような行為にほかならない

本当はこんな異常行動をする私ごと、認めて愛してほしい
でも私の異常行動は彼の愛情をドブに捨てているのに等しい
そんな私が大事にされるわけない
愛してもらえる訳がない

彼を失うのが怖くて嘔吐については、やはり言えないまま時は過ぎていきました。

生活に掛かる費用のほとんどは彼が賄ってくれていました。
セクキャバで稼いだお金について彼は言及することはありませんでした。
当面はお金に困らないにしてもただ部屋にいるわけにも行かず、私は仕事を始めることにしました。

地下鉄で一駅分の距離にある歯科医の歯科助手に応募すると、未経験でしたが採用されました。
不快な思い出があるのに歯科助手として働き始めたのは、歯科医ではどういう流れで治療が進んでいくのか、自分と同じ病気の人はいるのかが気になっていたからです。

全てが初めての業務でした。
出勤初日の帰り際、着替えを終えて帰ろうとする
「慣れない仕事で大変だったでしょう。車出すから乗って」
と先生に声を掛けられました。

「地下鉄なので大丈夫です」
そう答えましたが、先生は
「君の家は出かける途中にあるから、気にしないで乗って」
と再度誘ってきました。
一回目より笑顔が薄れているので怖くなり、先生に促されるままお高そうなスポーツカーの助手席に座りました。



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