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かかしの失恋ワッフル

世界史の先生が大好きだった。

一年生の時に一目惚れして、おかげさまで世界史の成績は3年間ほぼ満点に近かった。
英語が学年人数に限りなく近い順位に対し、世界史たるや毎回の順位を並べると二進数だ。

用を作っては歴史準備室に行き、放課後は歴史準備室の小さなテレビで「ハンニバル」「スパルタカス」「クレオパトラ」を観ていた。
映画に感動して号泣しているわたしに、先生は「鼻かんでから帰れよ」とポケットティッシュをくれた。

大好きなことを隠すことをしなかったので、学校中がみんな知っていた。
まわりを憚らずに大好き大好きと言うものだから、先生は「わかったわかった」とすっかり慣れてしまっていた。
それが心地よくて、毎日くじけることなく、大好き大好きと言っていた。

高校最後のチャンス、バレンタインデーがやってきた。
みんなで本命チョコをきゃあきゃあ言いながら作り、想い人への気持ちを綺麗にラッピングした。
先生へのチョコレートは、毎日毎日大好きを30回くらい伝えている割には、精一杯にシンプルに仕上げた。我ながら大人っぽい仕上がりとなった。

友達と一緒にたくさんのチョコレートを持って神輿のように歴史準備室へ突入した。
友達がチョコレートを配っている中で、先生には渾身の想いを込めたチョコレートを渡した。
他の先生たちが「さすがだな」と笑い、先生も「すごいな、ありがとうな」と言って笑った。
その先の言葉がないのは、三回目の今年もやっぱり同じだった。

次の日の昼休み、購買へ行く前に、シャーロックホームズのビデオがあるかないかを聞こうと歴史準備室へ行った。
そうしたら先生がひとりでいて、「ああ、来たか」と鞄からなにやら取り出した。

「ホワイトデーには、もうお前さんたち、卒業してるからな」

可愛らしくふわふわとラッピングされているそれには「White day」とあった。

ありがとう、先生、大好き!
と、シャーロックホームズの有無を聞かずに、ホワイトデーのマシュマロかクッキーか飴かを痛む胸にかかえて、生徒玄関へ走った。

先生のさっきの言葉を単語に区切って、理解しようとがんばった。

駅まで走り、電車に飛び込んで、通学途中にあるいつもの駅で降りた。
そこには、「かかし」という、近所の高校生が集まる喫茶店があった。

かかしに入ると、いつもより空いていた。
昼休みに飛び出して来てしまったのだから、当たり前だった。
こんなときでもお腹は空いていた。

かかしの名物メニューは、スペシャルワッフルだ。
優に2、3人前はあり、アイスクリームとフルーツが女子のおしゃべりみたいに賑やかだ。これをみんなでつつきながら食べるのが楽しかった。

スペシャルワッフルは、ひとりで座ってる可哀想な女子高生のテーブルに運ばれてきた。
ワッフルのメイプルシロップが優しくて、ぽろぽろ涙が出てきた。
甘くて冷たくて酸っぱくて、ひとりで酸いも甘いもお腹に入れた。
いつだったか先生にもらったポケットティッシュで涙を拭いて、鼻をかんで、スペシャルワッフルを完食した。

スペシャルワッフル代金で切符代が消え、雪が溶けかけた道を、革靴をぐしょぐしょ言わせながら歩いて帰った。
頭も爪先も冷え切って、なのに涙はいつまでも熱くて、ぽろぽろと落ちた。
次の日、腹痛と発熱で学校を休んだ。

髪を後ろで結び、ネクタイをきちんと締めて、ぐしょぐしょだった革靴もきれいにして、学校へ行った。
放課後、あれだけ日課だった歴史準備室への出勤なのに、どうしても開ける理由が見つからなくて、ドアの前で突っ立っていた。

先生が階段を昇ってきた。

「ハライタで休んでたって。まさか、俺がやったマシュマロに当たったのか?」

困ったような心配しているような先生。
ワイシャツにベストにツイードのジャケット。
健康サンダルに黒縁のメガネ。
いつもてっぺんがはねている、あのアホ毛。

「先生の愛に当たった」

先生は、目を丸くして、そうして困ったように笑って、優しくわたしを見た。

「ごめんな」

先生の、声も体温も、何も知らなかった。
そして知らないまま、サヨナラするのだ。

「うん。先生、大好き」


よく効くから飲んどけと、帰りに先生が胃薬をくれた。
思い出はホワイトデーのマシュマロではなく、失恋ワッフルで弱った胃を健康にする、太田胃酸(顆粒)となったのだった。





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