見出し画像

遠く離れた兵庫県で感じた卒園児の絆

10月に卒園児の女の子が宝塚の舞台にあがると聞いて、理事長と一緒に宝塚劇場まで行ってきました。

彼女は1歳から幼稚園卒園まで在籍していました。在園中、彼女はそれほど目立つタイプではありませんでしたので、宝塚に入団したと風の噂できいたときには正直驚きました。

宝塚音楽学校に入学が決まってからは、プロマイドのような彼女の写真が印刷された年賀状に舞台にあがることを夢見て頑張っているという内容の言葉で綴られ、「精進します」という一言で締められています。

それを見るたびに、私の頭のなかにいる幼稚園時代の彼女とは違い、大人になった彼女の力強い気持ちを感じていました。私はいただいたはがきを職員室の壁に貼り、先生たちや在園児とともに彼女を応援していました。

そんな中、4月に初舞台を踏むという連絡を受け、私や理事長だけでなく先生たちも喜んでいました。しかし、コロナの影響により舞台は延期に。4月に向けて打ち込んできた彼女の気持ちを想像すると胸が痛みました。このまま舞台に上がれないのでは…と。数ヶ月経って10月に上演が決まり、お母様からご連絡をいただいたときは再開したことを喜びました。

卒園から14年です。毎年いただくおハガキでお顔は拝見しているものの、舞台で彼女を見つけられるかどうか不安でした。

画像1

その日は始まる前の口上を彼女が担当していたので、そのタイミングでやっと彼女のことを発見しました。大きくなっても愛くるしい笑顔は変わらず、立派に口上を述べる彼女の姿に小さい時の姿を照らし合わせながら食い入るように見ていました。大きな声でハキハキと口上を述べる姿が頼もしく、幼稚園時代にはあまり見かけない姿でした。そんな姿を拝見し、立派になったなと心から嬉しくなりました。

事前に彼女からいただいた出番や舞台上での位置のメモを何度も何度も読み返し、会場でもオペラグラスとメモを交互に見ながら彼女の姿を探しました。オープニングでは見つからず、そのまま演目に入ってしまいました。
フィナーレでのラインダンスでやっと見つけることができ、オペラグラスで彼女だけを追いかけました。ステキな笑顔、踊り、夢を叶えた自信、彼女はキラキラしていました。
そんな姿を観て涙、涙、、、宝塚まではるばるきて良かったと思いました。

画像3


舞台終了後、会場の電気がつき明るくなると同時に、どこからともなく「先生〜!」という声が聞こえてきました。「ん?」と振り返ると、なんと彼女の同級生たちがお母さんやお父さんと一緒にこぞって観覧にきていたのです。

I歳から一緒に過ごしたメンバーと保護者会の方々、ほとんどがその会場にきていました。キッズ、幼稚園を卒園してからそれぞれの道を歩んでいた子どもたちが、宝塚劇場に集結し、彼女の晴れ舞台の場に同席したいたことに私はとても感動してしまいました。もちろんお友達だけではなく、お母様方、ご夫婦でいらした方もいて、まるで同窓会でした。宝塚で何十年ぶりに卒園児親子をお目にかかれるとは思わず、最高のプレゼントをいただきました。

久しぶりにお話したママたちは、「赤ちゃんからいっしょに子育てをし、大変なこともみんなで助け合って乗り越えてきた。だからこそ、みんな我が子のように彼女のことを応援しているんです。」と。

どの学年もみなさん長きにわたる絆があります。それがさくら幼稚園の伝統と文化です。

当園では0歳から6歳、ながければ学童クラブもあるので12歳までともに過ごします。幼いときに過ごす時間は濃厚でとても深いものなのだと園から遠く離れた宝塚劇場で痛感いたしました。

画像3

今冬、東京公演にも出演が決まりまた応援に行ってきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?