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MBTI:EI軸とSN軸

 ユングのタイプ論の外向性-内向性とMBTI(正確には16パターン性格診断)の外向性-内向性が随分と違うことが気になってnote記事を書いたのだが、ユングのタイプ論の部分と本稿で取り上げる16パターン性格診断の部分の論調が全く違うので別々の記事として独立させることにした。そんな経緯で出来たnote記事が本稿である。

 さて、EI軸に関してはエネルギーの貯め方の違いであるとの考え方があるのも知ってはいるのだが、さまざまな性格パターンの解説を読む限りにおいてあまりシックリこない(※)。また、心理機能理論から見るものもあるのだが、その場合もあまり整合的でない。そこで、16パターン性格診断のEI軸やSN軸とは何であるか、それぞれのパターンの分類の有り方に沿う形で考察し、私見を述べることにした。


■16パターン性格診断のEI軸

 16パターン性格診断のEI軸(外向-内向)は、「共同体と個人の関わりの志向」である。すなわち、EI軸は個人がどんな共同体とどう結びつくかを示す軸である。ただし、E型は共同体志向でI型は個人志向とも言えるが、共同体志向といってもES型とEN型ではかなり異なり、個人志向といってもIS型とIN型では相当異なる。以下で簡単に説明するが、それぞれ違っていて少し注意が必要だ。

EN型:想像上あるいは理念上の共同体
ES型:現実に所属している集団、あるいは仲間
IS型:家族・親友・恋人といった少数のプライベートな人間関係
IN型:基本的には当人のみ

 上記の簡単な説明だとちょっと分かり難いかもしれない。具体的な情景が浮かぶ形で考察しよう。

 では、実際になにか頑張らないといけない状況があったとする。そのとき真剣な気持ちで「頑張ろう!」との声掛けをするシーンを思い浮かべよう。

 EN型は「応援する条件に当てはまる抽象的な相手」に対して真剣に「頑張ろう!」との声掛けをすることが可能だ。もちろん、個々に顔が思い浮かぶ相手に対しても「頑張ろう!」と言っているのだが、そういった範囲を超えて真剣に彼らは応援できる。例えば、コロナ流行時に医療従事者がてんてこ舞いしていた。その事態を受けて医療従事者を応援しようとの機運があった。そのような場合、EN型は知人の医療従事者に対してだけでなく「全国の医療従事者の皆さん、頑張って!」と真剣にEN型は応援することが出来る。そして、そのことで見知らぬ人達と連帯感を感じ、またそのような応援で社会の紐帯が形成できると信じている。

 ES型は基本的に実際に顔を思い浮かべることが可能な直接的交流のある相手に対して「頑張ろう!」との意欲を共有しようとする。個人的な好悪の感情はさておき、クラスメートや部活のチームメイト、あるいは会社の直接的に知っている同僚など現実的な紐帯が存在している共同体の成員が対象だ。例外的に、具体的紐帯のない相手であっても「頑張れ!」と声を出す場合もあるのだが、その場合は具体的人物として応援できるときに限る。例えば、その人が緊急事態にあることを目撃した場合やスポーツ選手への応援の場合のように「その人に対して応援している」と実感できる状況でないと、真剣な声掛けにならない。つまり、具体的人物として意識できない相手に対して「頑張ろう!」との声掛けをES型がしていても、それは雰囲気で声掛けしているのであり、口先だけのパフォーマンスである。あるいは、自らを鼓舞する掛け声に過ぎない。

 IS型が「頑張ろう!」と声掛けをして意欲を共有しようとする相手は、家族や親友あるいは恋人といった「当人の現実のプライベート領域の構成員」に限る。あとはES型と同様である。

 最後はIN型なのだが、IN型は少し特殊である。それというのも、「感情に関する事柄」なのか「思考に関する事柄」なのかでINT型とINF型が真逆になるからだ。

 例示した「頑張ろう!」といった真剣な声掛けは、「感情に関する事柄」なのでINT型は「私は頑張る。他の人も頑張った方がいいと思うけど他の人間が頑張るかどうかは当人次第じゃないかな」と内心思いながらの声掛けとなる。つまり、INT型にとっては自分自身の決意表明でしかない。一方、INF型は「私は頑張る。そして、これはみんなも頑張ろうって思うことだよ」と考えて、真剣に「頑張ろう!」と声を掛ける。ここでINFPとINFJは少し違って、INFPは「私の思い、みんなに届け!」といった声掛けなのだが、INFJは「みんな、そう思わなきゃだよ」といった声掛けとなる。

 ここでENF型とINF型の違いが気になる人もいると思う。ENF型とINF型の違いは感情共有という現象に対する認識の違いとして現れる。ENF型は感情共有はお互いの営為で創り出すとの認識があるのに対して、INF型は各自が気付いて自ずと共有されるものとの認識がある。ENF型(およびENT型)はES型・IS型と感情共有しようとする範囲が違うだけで、感情共有はお互いによって創り出されると認識している。だが、INF型は感情共有は起こるべくして勝手に起こるものと認識するのだ。

 「思考に関する事柄」については、INT型とINF型で入れ替えて同様に考えるとよい。

 以上の説明から、なんらかのアクションを取ったときの共同体と個人の関わりを示す軸として16パターン性格診断のEI軸はあると分かるだろう。


■16パターン性格診断のSN軸

 16パターン性格診断のSN軸(感覚-直観)は「現実-世界観」の軸である。16パターン性格診断のSN軸が何であるのか私も当初掴みかねていたのだが、最近やっとその正体を理解した気になっている。とは言っても、以前に書いたnote記事の内容と大して変わるわけではないが。

 さて、16パターン性格診断のSN軸が「現実-世界観」と説明したが、それは認識の仕方であり、探求の方向であり、獲得する価値の所在であり、従う規範の有り所でもある。ユングのタイプ論の「感覚-直観」「外向性-内向性」が入り交じった軸が16パターン性格診断のSN軸である。

 実際にそこに存在し、目に見えて手に触れることが出来て、実際にそう動いていると判断できる現実世界に生きているのがS型である。それに対して、「私はこんな世界に生きている」と自分が構築し理解し解釈する観念世界に生きているのがN型である。もちろん、N型の観念世界は現実世界から常に修正を受ける。そうであってもN型は自己が構築・理解・解釈した観念世界に引き戻されていく。そういった現実世界の住民か、観念世界の住民かの違いがSN軸である。

 では、SN軸に関する認識について考察しよう。まず、N型の認識は以前に記事にしたので該当箇所を引用しよう。

 MBTI理論において、どのような認識形式を直観という語が指し示しているかに関して、一言で述べるなら以下のようになる。

「直観とはその人が保有している世界像と照らし合わせる認識形式」

 この世界像と照らし合わせる認識形式の典型例は、持っている知識を照らし合わせる認識形式である。例えば、以下のような数列を見たとする。

(a) 2 4 6 8 10 12
(b) 1 1 2 3 5 8 13

 偶数やフィボナッチ数列の知識がある場合、上記の数字の列をみたとき「(a)は偶数列で(b)はフィボナッチ数列だろうなぁ」と認識する。つまり、保有している知識に照らし合わせて(a)が偶数、(b)がフィボナッチ数列と判断しているのだ。フィボナッチ数列という名前自体は知らなくとも、パターンとして知っている場合もまた「知っているパターン」に照らし合わせる認識なので(MBTI理論における)直観に当たる。しかし、その人が持つ知識の中にフィボナッチ数列が無ければ、自分の中に照らし合わせる対象が無いために「(b)の数列って何だろう?」となるだろう。つまり、この場合については(b)の数字の列については(MBTI理論における)直観が働かない。

「MBTI:『N:直観』とは何だろうか」 丸い三角 note記事

 一方、上記の引用中にある二つの「数の並び」をS型が見たとき、aの数の並びが実際に「2と4と6と8と10と12」であることを重視する。もちろん、S型であっても概念は理解しているのでaの数の並びが偶数なのは理解する。しかし、S型は「2と4と6と8と10と12」が主であって「その数の並びは偶数」は従である。一方、N型は「その数の並びは偶数」が主であって「2と4と6と8と10と12」は従となる。

 つまり、具体的な対象に関心が向かい、抽象的概念は付属品に過ぎないと感じるのがS型である。一方、具体的対象は抽象概念の一事例に過ぎないとして抽象概念がメインの関心事になるのがN型である。

 本稿は16パターン性格診断という性格がテーマの記事なので、「優しさ」という性格に対する認識を二つ目の例にしてS型とN型の違いを見よう。

 例えば、Aさんが「一人暮らしの友人が風邪をひいたときに薬と栄養ゼリーを差し入れに行く」「電車で妊婦の人に席を譲る」という行為をしていたとしよう。S型は「病人へのお見舞いや席を譲る行為をできることこそが優しさなのだ」といった認識の仕方をする。つまり、「優しさとは具体的行動の評価の総称である」と考えるのがS型の認識である。一方、N型は大抵「Aは優しいからそういう行為をする」という認識をしがちである。つまり、Aさんの優しさの現出として病人へのお見舞いや席を譲る行為をするのだと考えがちなのである。

 S型の現実世界中心の認識、N型の観念世界中心の認識は、現実世界と観念世界の齟齬が生じたとき、その違いが明らかになる。

 例えば、人口に膾炙した「やらない善よりもやる偽善」といった言葉などは、S型の現実世界中心の認識からN型の観念世界中心の認識を揶揄したものである。また、N型が行動で見れば親切な行動をとっているにも関わらず、「私は親切じゃないよ。だってそうしたのは親切心からじゃないし」といった自己嫌悪と綯い交ぜになった認識をすることが多いのは、このN型のデフォルトの認識様式による。そんな自己嫌悪に陥っているN型に対してS型が「いやいや、親切にしているならお前さんは親切なんだよ」と主張するのもS型のデフォルトの認識による。

 ここで、デフォルトの認識と説明したように、S型でもN型でもじっくりと思考を巡らすならば他方の認識様式で物事を見ることが出来る。つまり、S型はS型の認識様式しかできず、N型はN型の認識様式しかできないという訳ではない。単に意識しなければ、それぞれのデフォルトの認識様式で認識してしまうというだけである。



※心的エネルギーの回復方法として、「他人に会う・刺激を受ける」といった形で外部からエネルギーを受け取るのがE型、「一人になる・落ち着く」といった形でエネルギーを回復するのがI型との説明がよく為される。I型やES型については確かにそのように見える。しかし、非常にアクティブで休日も様々なイベントにも参加して色々な人に出会おうとするEN型でも、一人になる時間が無いと精神的に荒廃していくように見える。EN型もN型なので様々な体験を自分の中で整理する時間が必要なのではないかと思われる。EN型が偶に必要としているように見えるボンヤリとする時間を「心的エネルギーを回復している時間」と見るのか否かで、EI軸を心的エネルギーの回復方法の違いの軸としてみる事が適切か否かが分かれると私は思う。


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