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いいから滅べよ、世界(僕とゾンビ)

やはり世界は始まるべきではなかったのだ。

「ッ! ――貫け、聖槍!」
「ゥゴッ」 

 光の槍がゾンビを貫いた。
 土気色に全身を犯された人型の腹に風穴が空いた。生気を失った腸が顔を出し、重力に引かれずるずるずるずるまろびでる。しかし奴は気にしない。構わず僕の方に歩を進めるのだ。
 僕は努めて視線を逸らしのろまなゾンビの傍らを通り過ぎる。

「ァゥッ」

 ビシャッ。
 背後で奴が自身の体液に沈んだ音が聞こえた。自身の内臓に足を取られたのだろう。
 想像してしまった僕は立ち止まってしまう。

「ゥゥ・・・・・・ウゥゥ・・・・・・!」

 飢えに渇いた声が僕に近づいてくる。
走らなければならないのに僕の足はここに縫い止められてしまっていてどうにもならない。そうしているとうつむいた鼻の奥がツンとした。

「アァァ・・・・・・!」
「もういいから諦めてよ・・・・・・」
「アァァァァァァァアアアアアア・・・・・・!」
「・・・・・・」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァアアアア!」
「っ・・・・・・貫いて、聖槍」

 まばゆく輝く光の槍がゾンビの脳漿を路地にぶちまけた。
 ピクリとも動かなくなった母親だったものから視線を切って、目元を拭って、僕はまた海岸に向かって走り出す。

 
 海沿いの街に住む僕たちにとって、波に揺られる月光も、それだけが聞こえる潮騒も、誰かと歩く夜の海岸も、何一つ特別じゃなくてありふれたものだ。
 だから特に何の気負いもなく砂浜にやってきた風呂上がりの僕は、互いに肘を抱えるように腕を組んだ女の子に迎えられた。
 女の子は「ハッ」と鼻を鳴らして口を開く。

「身長と気が小さいだけじゃなくて気も利かない男なのね、けいご。夜の海岸で男女が逢い引きするのに手ぶらだなんて。呆れてものも言えないわ」
「あいびき」
「加えてその格好は何なの。みすぼらしい」

 彼女の言葉を理解した僕は微妙に反省しつつも、思わず彼女の全身を下から上まで視線でなぞる。

「しおんだってホットパンツにTシャツじゃ・・・・・・」

 ギリギリまで露出した形のいい太もものすぐ上でTシャツの裾がゆらゆら風に揺れ、視線を上に向ければかすかに覗く鎖骨が非常に艶めかしい。
人のことを言える立場ではないのは分かっているけどしおんも十分だらしないと思う。
 僕が半目を向けていると、頬を染めたしおんが自身の身体を隠すようにかき抱き、横を向く。

「いやらしい」
「そ、そういう視線を向けてたわけじゃあ・・・・・・!」

 カッと赤くなった僕に溜飲を下げたのかしおんは「分かっているわ」と呟き、堤防の端に腰を下ろした。少し気まずいのもあってかすかに距離を取って隣に腰を下ろす。
しおんがずいと距離を詰めてきた。

「で、本当は何か持ってきてるのよね、けいご。なんてったってこのスーパー美少女、しおん様との逢瀬だもの」
「えっと・・・・・・なにも持ってきてないけど」
「は?」
「え?」

 滅多に見られない目を丸くしたしおんに僕はまばたきする。

「満点の星空でふたをした夏の夜の海岸なんていうロマンチックなシチュエーションで?」
「え・・・・・・うん」
「長年の想いがようやく形になった幼馴染みの恋人との逢瀬なんていうとびっきりにロマンチックなシチュエーションで?」
「え・・・・・・う、うん」

 求められているものが理解できない僕と、そんな僕が理解できない様子のしおん。
 しおんがこれ見よがしに息をつく。

「これは意気地がなくて成績も運動神経も並で察しの悪いけいごには過ぎた要求だったことを理解できていなかったしおんの落ち度だわ。ごめんなさい」
「それ前半のdisいる?」
「・・・・・・」
 黙り込んでしまったしおんに僕は何とか言葉を探してくる。
「・・・・・・明日また来る? その時は僕がしおんの欲しいものを持ってくるから」
「・・・・・・」
「・・・・・・しおん?」
 しおんはそっぽを向いた。
「・・・・・・花火を持ってきなさい」
「ええっと・・・・・・花火っていうのは家庭用の?」
「いえ、打ち上げ花火よ」
「僕が死ぬことになるかな・・・・・・」
「・・・・・・なら家庭用花火でいいわ。しおんの線香花火を見せてあげる」
「うん、わかったよ。明日持ってくるね」

 しおんが「ハッ」と鼻を鳴らす。

「忘れたらくびり殺して出荷するから」
「そうならないようにがんばるね・・・・・・」

 それから身体が冷えてくるまで話して家に帰った。思い返してみればdisられてばかりで酷い逢瀬だったとは思うけど、帰り道の僕は高揚していて次の日が楽しみで仕方がなかった。
 

「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・」

 僕はしおんと約束した海岸に向かってひた走る。
 遭遇するゾンビは全て一撃で頭部を破壊し、最短距離を駆け抜ける。
 やがて酷い腐臭に紛れて海の匂いをかすかに感じた。
 目的地が近いことを理解した僕はギアを上げるが続いて目に飛び込んできた光景に顔をしかめる。

「っ・・・・・・なんでここにもこんなにいるんだよ・・・・・・!」

 船から家から砂浜から僕に気づいたゾンビが寄ってくる。

「しおん・・・・・・!」

 しおんと会う準備をしているときに本当に唐突に周囲の人間の一部がゾンビ化して真っ先に向かったのはしおんの家だった。しかしそこにしおんのゾンビはいなかった。
 だからしおんは海岸にいるはずでゾンビに襲われていないはずだと安堵したのだ。
 なのに・・・・・・!
 ・・・・・・悪い想像を振り払って僕はひた走る。
 しばらくすると約束した堤防の上にシルエットが見えた。

「!」

 しかしそれは見慣れたものではなくて。
 醜くうごめいていた。
「しおん!?」 

 僕は泣きそうになりながら、痛みも疲労も全て吹き飛んだ身体で約束の場所に向かう。

「っ・・・・・・!」

 堤防の上に立った僕にしおんが「ハッ」と鼻を鳴らす。

「相変わらず泣き虫でだらしないわね、けいご。惚れた女の前でぐらいちゃんと出来ないの? 涙と雨とよく分からない液体でぐちゃぐちゃじゃないの」
「だってッ・・・・・・だってッ!」
「ああ、これ。しょうがないわね、だってしおんは5億年に一人の美少女だもの。ゾンビに好かれるのも当然だわ。誇りなさい。けいごはそんなしおんが惚れた男よ」
「いいから! 喋らなくていいから!」

 浴衣に身を包んでとびっきりのおしゃれをした普段通りのしおんに僕はみっともなく叫ぶ。だってゾンビにまとわりつかれたしおんがとっくに手遅れなのは火を見るよりも明らかだったから。
 そんな僕にしおんが微笑む。

「何も出来なかったわね、せっかく恋人になったのに」
「・・・・・・」
「でも、最後にちゃんと着飾ったしおんを見せられて良かったわ」
「・・・・・・」
「けいごはこいつらを殺せるんでしょう?」
「・・・・・・」
「ちゃんと生きなさいよ」
「・・・・・・」
「死んだら許さないから」
「・・・・・・」

 何も答えられない僕にしおんは「ふっ」と笑う。

「これ、あげるわ。風邪を引くといけないから」

 差し出された傘を受け取る。

「じゃあね、けいご。ちゃんとしおんのことも殺すのよ」
「・・・・・・」
「大好き」
「ぁ」
「ゥゥ・・・・・・」
「ッ・・・・・・!」

 滲む視界が僕を狙う5体のゾンビを捉える。
 もう生きたくないし、ゾンビなんて殺したくない。
 けど、僕にかけられた呪いがそれを許しはしない。

「・・・・・・終わらせて、聖槍」

 聖なる光がゾンビを殺した。


 二度目の人生も実質的に終わって思ったことがある。意識ある存在である限り生きるモチベ~ションよりも死ぬモチベーションの方が大きくなるように世界は動いていて、ならば僕の人生は始まったときから間違っていたのだ。
 世界の滅亡を僕は切に願おう。

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