水ようかんの嘘

柔らかくなくてはいけないコクのある甘味でなくては分離してもいけない更にそしてつやつやでなくてはそのように思っていたのは実は間違いだった

そもそもは息子が丁稚奉公して暮れの休みに持ち帰ったぴかぴかの羊羹をなんとか両隣りさんにもお分けしたいと試行錯誤する母親の気持ちだしかし妄想だ
初めて齧った時金の延べ棒のように思ったはずだ砂糖と小豆をたっぷりと使い小豆は柔らかく煮て漉してあるのだから寒天でしっかり固めてあるのだから
右隣は祖父母に息子夫婦子どもが三人左隣は祖母娘夫婦と子どもが四人我が家は夫婦と弟に子どもが二人全部で十九人だ味見できるのは薄い薄い一切れ分だけ
先ずは多めの水で茹でる羊羹を茹でることになるとは思わなかったが初めは茹でるしかないそのうちに羊羹が溶けてくる完全に溶けたら甘みをみる味はほとんど感じられないすっかり薄まって無いも同然しかし諦めるわけにはいかない秘蔵の黒糖をそっと取り出してくるこれを混ぜればコクが出て美味しくなるはず大切な黒糖だが目を瞑ってえいと鍋に入れる思っていたより沢山入ってしまったが仕方がない居間を見やれば皆ぐっすりと寝ている今しかないのであるそのまま木べらで混ぜながら沸騰させていく寒天は水によく混ざるまで時間がかかるから火を消しても混ぜ続けながらハッと口を押さえるこのままでは餡子は重たくて下に沈んでしまうだろう平たく作るべきだ芋を干す為の木箱があったはずだあれをよく洗って流し込んでみよう母親は木箱を何枚か持ってきてよく洗い羊羹の煮たのを木べらで混ぜてから鍋を傾けて木箱に流し込んだこれで両隣りにもお分けできるつやつやぴかぴかではなくなったが外に出してよく冷やしたのを炬燵で食べたらどんなにか美味しいだろう母親は明日の大晦日を思って微笑んだ

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