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紫陽花の季節、それいゆ

「紫陽花の季節、君はいない」の番外編です。

2022年6月21日、夏至。
どんよりとした曇り空、俺は朝から気分が落ち込んでいた。

夏至は、俺の恋人だった八幡宮の紫陽花の精霊【紫陽しよう】が消えてしまった日で、今年で丸2年経った。

職場には何とか出勤したものの、どんどん具合が悪くなってしまい、正午になった頃には仕事が出来る状態ではなくなっていた。

「…ねぇ、大丈夫?」
同僚の女性が心配そうに、声をかけてくれた。
「…すいません。今日は早退します。」
俺はバスではなく、タクシーでアパートに帰った。

柊司にひなたを保育園の迎えに行けないことを連絡してから、昼食も摂らずにベッドに倒れこんだ。

昨年の夏至は、無意識に八幡宮まで歩いて行って、闇に飲まれかけたのを、ケヤキの精霊【涼見すずみ】姐さんに助けてもらった。

あの頃は、社会に必要とされていないって絶望していたけど、なんとか植物公園に就職できた。
疲労も蓄積していたのかもしれない。

俺はベッドにうつ伏せになったまま、眠りに落ちた──

誰かが眠っている俺の頬をペチペチ叩いている。
「…なご、なご。」
目を開けると、ひなたがいた。

「…ひなた、何でここにいるんだ?」
俺は上体を起こした。

「おう、夏越。起きたか!」
ドアの前で柊司が腕組みして立っていた。

「…そうか、もう夜か。」
日が沈んだからか、少しだけ具合が良くなっていた。

「夏越、今夜はウチで夕飯食べてけ。お粥作ってやるからさ。」
俺は柊司の申し出に甘えることにした。

翌朝、体調はすっかり良くなっていた。
アパートを出るとき、隣の柊司の部屋に寄った。

「おはよう。」
俺が挨拶すると、ひなたを抱いた柊司がニカッと笑って、
「おう、夏越!すっかり具合が良くなったみたいだな!」
と言って、頭をぐちゃぐちゃに撫でた。

「なご~。」
ひなたが俺の方に手を伸ばしたので、俺は人差し指を差し出した。
ひなたは、ぎゅっと指を握った。
「今日から、また迎えに行くからな──」

13年後の夏至の日、豪雨の中、俺は道端に座り込んでいたひなたを拾うことになる。

【完】

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