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装人血路フェイタル・コア #逆噴射小説ワークショップ

かつての大都市の一角、打ち捨てられた廃墟の街の中を俺は今、おんぼろのガソリン車で走っている。
廃車寸前の車体が軋む音が聞こえる。
ジャンク品に近かったこれをなけなしの金で買い取ったのが数年前の話だ。
当時から変わらず無免許の俺が公道を走れるわけもない。
だからこうして寂れたゴーストタウンを孤独に進んでいるのだ。
あたりには人の気配がなく、もちろん渋滞の心配もない。だから好きなスピードで車をかっ飛ばせる。


カーステレオから流れてくるラジオを耳にしながら、うすぼんやりとした心地でアクセルに足をかけていた。
非合法の運び屋として駆け出しの身分だが、これでもそこそこヤバ目なヤマをそれなりに踏んでいる。
今まで運んできたのは武器弾薬、危ないクスリ、貴重な動物にやらかした人間、エロいビデオのデータがパンパンに詰まった記憶素子の山などなど。
キャリアは短いが荷物は多種多様だった。そしてどの仕事も失敗せずに完遂できていた。


今回の積み荷は一つだ。助手席にポンと置いてある、真っ黒い正方形のコンテナボックスだ。
中身は気になるが、絶対に開けるなと依頼主に厳命されていた。
滅茶苦茶怪しいが金のためならそのくらい守ってやる。
念のため蓋には厳重に封をしておいたしな。

目的地は廃港の倉庫街。
依頼としては楽勝の部類に入るが、報酬は仕事内容に不釣り合いなほど破格だった。なんといつもの俺の仕事の数百倍のギャランティがもらえる!
普段の俺だったら警戒して断っている仕事だ。依頼主は匿名でその素性も全く俺に明かされていない。
簡単すぎるジョブに、異様に高い報酬、そして名無しの依頼人。
絶対に請けてはいけないタイプの仕事だろう。
だが、今の俺は家賃を3ヶ月分くらい滞納している身の上だ。ツケや借金も山ほどある。金は非常に入用。貧すれば鈍するというやつだ。危ない橋の一つでも渡ってやる。

荷物自体は数時間前、指定された現場に着いたら、仲介人にポンと渡された。この時点でかなり後悔していた。あまりにも不用意すぎる!

しかし、何の備えもせずにこの仕事に臨んだわけじゃない。
ゴーストタウンを実質支配している武装集団に少々の心づけをしておいてある。これで彼らが襲ってくる心配はない。
倉庫街までの気ままなドライブを楽しめるだろう。
そう呑気でいた俺だったが。
突然、奇妙なモノが視界に入った。

それはフロントガラスの上部に映っていた。
ビルの十階ほどの高さの上空に人のようなものが浮かんでいた。
人型だけど人間と断定するには躊躇するような姿かたちをしている。
そいつは頭から爪先まで真っ赤な装甲にすっぽり覆われているのだ。
その派手な体色のおかげで、ぼんやりとした頭でも認識できた。
赤い人間もどきって感じだ。
一瞬どこかの暇人が放った大型のドローンかと思ったが、それにしては物騒なナリをしている。
右腕に体と同じくらいの長さの真っ黒い長物――先端に刃がついているからおそらく槍だ――を携えていた。 
新手の戦闘ロボットか何かか?もしかしてエイリアンってやつか?
どちらにせよ嫌な予感しかしない。
そいつが槍の穂先をこちらに向けた。そして刀身が赤く光った。

咄嗟にハンドルを右に切った。数秒も経たず、さっきまで車体のあった場所に槍が突き刺さっていた。
その衝撃で宙に舞い上がったコンクリート片が車を襲う。それらはボコボコと車に叩きつけられた。
あの人間もどきのパワーは恐ろしい。まるでミサイルか爆弾のような一撃だ。
ぼさっとしていると死ぬ。間髪入れず俺はアクセルを強く踏んだ。
建物と建物と挟間、車幅ぎりぎりの道を突き進む。
スピードメーターが右に振りきれていく。コンクリートの破片やゴミを踏みつけたり弾き飛ばしたりしながらグングンと加速していく。
半ば骨董品の車が悲鳴を上げるが、今は自分の命が優先だ。さらにアクセルを踏み抜く。
だが、その程度で赤い人間もどきを撒けるはずもなく、奴は俺を死神のように追ってくる。
ビルの残骸にモノともせず突っ込み、コンクリートとガラスをまき散らながら、高速で空中を駆け抜ける。
爆走中の車の中でも破砕音が耳に届いた。
狭い道を潜り抜ける俺と障害物を気にせず突き進む奴とのスピード比べは、まるで勝負にならなかった。

そんな追いかけっこが終わったのは一瞬のことだった。

路地裏を抜けて広い道に出た時、車の後部に衝撃が走った。奴の槍が車の後部スレスレの地面を捉えたのだろう。思わずブレーキを踏んでしまった。猛スピードで走る車で急ブレーキ。結果は車の横転だ。
何度も回転する車の中、奇妙な浮遊感に包まれながら他人事の様に俺は思った。

――車がぶっ壊れるけど次の仕事はどうしようかな。

車が建物にぶつかり、横転が止まった。
身体がバラバラになりそうなほど痛む。
体中が熱い。が、幸いにも両手両足は無事だった。今の段階では五体満足だ。外にいる人間もどき次第でどうなるかはわからないが。
さらに幸運なことにコンテナボックスがすぐ近くにあった。後部座席とか車外に吹っ飛ばされてなくてよかった。片手で引っ掴み体に寄せる。
外装のあちこちに傷ができていたが、多分中身は無事だろう。無事であって欲しい。そこまでの幸運を祈ることは欲張りだろうか。
ボックスを左手と胸でホールドする。
よろよろと身体を動かして横転した車内を這っていく。得も言えぬ中古車のにおいとガソリン臭が鼻をついた。
じっくりとだが着実に進み、バキバキに割れたサイドガラスの隙間からどうにか抜け出した。

太陽の光が眩しい。
ボックスを胸に抱え、両脚に力をこめて立ち上がる。
人間もどきはやはりいた。ゆっくりと俺に近付きながらも槍の穂先を俺に向けている。
工業プロダクトのようにシンプルで無骨なデザイン。そんなものからあんなに破壊的な威力が生み出されるとは。
槍で俺を仕留めることなんて容易いことだろう。

だがそれをしない。
おそらく相手の目的が俺の命以外にあるのだろう。

それにしても、こうして近距離から見るとまっこと奇妙な奴だった。
いわゆる人体にアーマーのようなモノを纏っているという風体だが、軍用のパワードスーツにしては機械的ではない。
あの手の装備は動くたびに駆動音が鳴りそうだが、こいつは気味が悪いほど無音だ。
騎士の甲冑にしては丸みのない鋭角的なフォルムだし、シュッとしたスマートさがある。
中に人が入っているんだとしたら肉体とアーマーがぴったりフィットしすぎていて窮屈そうだ。
全身を染めるカラーリングは赤で、それも深紅という言葉が似合うほど真っ赤だ。
最も目に付くのが両肩にそれぞれ三つずつ翼のように広がる大きな棘だ。
まさかこれを羽ばたかせて飛んでいたわけじゃないだろうな。
こいつの特徴から名づけるなら、赤いトゲトゲ野郎といったところか。
なにか俺の知り得ない特殊な技術による産物なのだろうか。
まさかの地球外生命体とのファーストコンタクトか。
気になることは盛り沢山だが、悠長に観察している暇はない。

『それを渡せ。今なら命を奪らないでやろう』

くぐもった声でトゲトゲ野郎が言った。
コンテナボックスの事を言っているのはすぐに理解できた。
大人しく命令に従えば俺の命を保証する旨も付け足している。
正直、信じられない。
走行中の俺の車を警告もなく強襲してきた奴だ。

ボックスを渡した直後にグサリも有り得る。
第一こいつに俺を生かすメリットなんてひとつもない。
相手からしてみたら俺なんて単なる一山いくらのチンピラだからな。
だから、俺はやけくそじみてボックスを遠くに放った。正方形の箱は放物線を描き、車の残骸から遠く離れた所に数バウンドして着地した。

『貴様!』

トゲトゲ野郎の気が俺よりもボックスに注がれた瞬間、腰に手をあてた。
即座に拳銃を取り出して安全装置を外す。
そして容赦なくトゲトゲ野郎に全弾を浴びせた。
反動を手で抑え銃口を敵から逸らさずに撃った。
銃声が耳をつんざき、硝煙の臭いが鼻につく。

だが、トゲトゲ野郎は腹が立つほど不動だ。まったく効いている様子がない。
ボディには傷一つついていなかった。

『抵抗はそれで充分か?』

奴が槍を振り上げる。瞬きもしないうちに俺は貫かれるだろう。

「ちょっと、ちょっと待ってくれよ! 少し話したいことがあるんだ」
『この期に及んで命乞いか? 哀れな男だ……』

顔の表情はわからないが、相手に憐れみと嘲りの両方の感情があることはわかる。
だから淀みなく言葉を続ける。

「俺の背後にいる奴……あのボックスを運ぶのを命令してきた奴について教えてやろうか?」

当然、そんなこと何も知らない。だが咄嗟に出てきた言葉がこれなのだから仕方ない。

『興味ないな』

そう切り捨てつつも俺に槍を突き刺してこない。
引っ掛かるものでもあるのか?
俺の依頼主についてなにか知りたいことでもあるのだろうか。
希望的観測だが、それにすがるしかない。

「俺を殺すのを一先ず待ってくれれば、話してやってもいいんだぞ?」

トゲトゲ野郎は微動だにしないが、若干の戸惑いを感じ取れた。

俺はただ無駄に言葉を重ねているのではなかった。こうしている間にも一歩一歩着実に後退りしている。
車とは正反対の方向にさりげなく足を進め後退していく。できるだけ遠くに離れるように着実に歩を進める。
車と俺よりも車とトゲトゲ野郎の距離の方が近くなった頃合いで、俺は懐にあるモノに手を伸ばす。

爆破装置。その作動スイッチを押した。

残骸と化していた俺の愛車が轟音をあげて爆発した。爆炎と煙がトゲトゲ野郎を巻き込み、その姿が見えなくなる。
車に搭載されていた証拠隠滅用の自爆機能を作動させたのだ。この車の目玉機能だった。
もちろん俺の身体も衝撃で吹っ飛んだが、あらかじめ受け身を取る用意と覚悟をしていたので、ほとんど無事だった。
いや、コンクリートの地面に叩きつけられたのでかなり痛かった。
今日は身体に優しくない日だ。

すぐさま立ち上がって目的のブツに駆け寄る。
コンテナボックスの頑丈な封はものの見事に壊れ、蓋が開いていた。

一瞬だけ絶望したが、その中身と思しきモノが近くにあることに気付いた。
透明なガラスで覆われた円柱の容器がボックスの近くコロコロと転がっていた。その円柱の中にある、青い燐光を放つ球状の物体に目を奪われた。
今まで見たことのない、目をかっぴろげながら永遠に眺めていたくなるような美しさだった。

この青い球はあの赤いトゲトゲ野郎と同じく謎めいた存在だ。
ぼうっとしている暇はない。俺は容器が道路の溝に落ちる前に拾い上げた。
箱の中身は無事に確保した。「絶対に開けるな」のオーダーをぶち破ってしまったが、それはどうにかして誤魔化すことにしよう。
この青く光る球がなんだか気になって仕方ないが、とにかくこいつは俺の飯のタネだ。俺は容器を胸に抱えて走り出そうとした。

が、ことはそう上手くいかなかった。

ぐ、と身体が硬直する。
胸のあたりから焼けつくような熱が出ていた。
なにか長い物が俺の胸を貫いていた。それの先端には刃が光っていた。
口から血を溢れる。吐血なんて生まれて初めてだ。

後ろを振り返ると、十メートルほど離れた位置にトゲトゲ野郎がいた。
奴が槍を投擲して俺に突き刺したのだ。
さすがに爆発で仕留められるとは思っていなかったが、こんなにも素早く復帰するとは。

『弱者風情が手こずらせてくれたな……』

トゲトゲ野郎が赤い装甲に付着した煤を払いながら言った。
槍は容器のガラスと球状の物体も貫いていた。
自分の目的物をこんなにぞんざいに扱うほどキレているのか。
槍がひとりでにズルズルと俺の肉体から離れ、遠く離れた奴の手元に戻る。
超能力みたいだと感心している暇はない。
俺の胸にぽっかりと穴が開いているからだ。
冗談みたいに血が噴き出してやがる。
最早痛みすら感じない。感じるのは熱だけだ。

『ああ……失態を犯してしまった。……様のご所望していたコアに傷をつけてしまうとは』

『あの弱者から即座に回収しなくては……』

トゲトゲ野郎は俺の生死など気にも留めずに歩み寄ってくる。
その悠然とした態度に腹が立つが、怒りが沸き立つこともなかった。
俺はもうすぐ死ぬ。意識も薄れてきた。
だが、消え失せていく自我とは反対に、視界に映るのは奇妙な現象だ。


青く光る球からドロリと触手のようなものが伸び、俺の胸の穴を埋めている。
ぐにゅり、と球が律動を繰り返しながら俺の肉体に沈み込んでいく。
球が俺の身体に完全に入り込む。

すると、俺の身体、主に球の入った胸のあたりが空に引っ張られるように浮かび上がっていく。力のない身体を何者かが無理やり糸で引き上げていくようだ。
薄れていく意識の中でふわりとした浮遊感があった。

『な、何!?』

トゲトゲ野郎の戸惑いの声が聞こえる。が、もうどうでもよかった。

ぐいぐいと俺の身体は浮かんでいく。
地面から斜めに傾いた道路標識を超え、信号機を超え、やがて雑居ビルよりもオフィスビルよりも高く高く……。
そそり立つ廃墟のビル群よりもずっと高い位置に来た時、俺の身体はぴたりと止まった。
だらんと垂れた視界の端にゴーストタウンを俯瞰した景色が映っている。

その時、コンマ数秒だけ意識が覚醒した。
身体の内側から猛烈な光がぱっと出て四方に飛び散っていた。
次の瞬間、物凄いエネルギーが俺の中から溢れ出した。
隕石や核爆弾のような爆発だ。
爆発のエネルギーが周囲の建物群をなぎ倒し灰塵へと変えていく。
数拍おいて、この世の終わりのような音が響いた。
鼓膜がぶち破れるかのような爆音だ。
かろうじて残っていた文明の残滓を爆発が綺麗さっぱり吹き飛ばしゴミクズにしていく。
その様をただぼんやりと他人事の様に眺めながら、意識を手放した。
もうトゲトゲ野郎のことなんてどうでも良かった。

俺にはもう何をすることもできなかった。


こんな仕事、請けるんじゃなかったな……。


(つづく)

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