トークトゥデーモン
「お前の望みを言え、さもなくば殺す」
空が朱色から薄暗い寒色に移り変わる時刻、いわば逢魔が時の砂浜で、俺は物騒な"魔人"と対峙していた。
波打ち際をひとり散歩中に拾ったボロボロの木像。経年劣化なのか海水に晒され続けたのか、辛うじて人型と判別できるほどに朽ち果てたそれをなにげなく撫でた。
そいつが現れたのはその時だった。
「お前の望みを言え、さもなくば殺す」
思わず腰を抜かした。
ランプの魔人ならぬ木像の魔人。
そいつは蒼肌で髭面の大男などではなかった。
突然、体高2Mを優に超える二足歩行の化け物が俺の目の前に顕現したのだった。
全身真っ黒な体毛に覆われ、山のように筋肉の盛り上がったそいつは、一見野生の熊のようであったが、それとは大いに違っている。
まず鼻がない。そのせいで顔面がのっぺりしている。けれど顔の下半分を占める口元が物騒だった。鋭い牙がびっしりと生えそろっている。
顔の上半分、爛爛と禍々しく真っ赤に光るその双眸は俺を睥睨していた。
駄目押しのようにその両手には長く鋭い爪が備わっていた。
「お前の望みを言え、さもなくば殺す」
その一言を何度も繰り返す。
俺はなんと答えたらいいのかわからなかった。
金が欲しい? 地位や名誉が欲しい? だがそれを願ったらどうなる?
万一こいつの意に沿わない解答を漏らしたら、俺の頭部は一瞬でぐしゃぐしゃになるだろう。
何か慎重に、慎重に答えなければ。
「お前の望みを言え、さもなくば殺す」
「もう猶予はないぞ」
一言新しく付け足された。
俺の命運はすぐそこだ。
「か、彼女。こ、恋人が欲しい」
数瞬の沈黙。
俺には永遠と言えるほどの長さに感じた。
俺には彼女がいなかった。
生まれてこの方モテたためしのない。
生殺与奪を握られた俺が必死に絞り出したのがこれだった。
殺される。
そう思った。
「うむ、ではまず眉を整えるのだな」
つづく
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