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小説『2005年秋 ユキヤ』第四話(最終回)

 月曜日、ユキヤ君は、朝から元気が無かったが、桃子さんの姿を見て、少し、ホッとした。桃子さんは初めて遅刻してきたのである。
「桃子さん、事故にでも遭ったのかと、思った。」
「歩道で車と、ぶつかっちゃって……遅くなって、すみません……。」
「ええっ!大丈夫なんですか?警察とか、病院とか、行ったんですか?」
 よく見れば、桃子さんは、何だか、体が傾いている。
「だ、大丈夫、全然、平気です。車の人、赤ちゃんつれてたから……。私も早く出勤したかったし。」
「相手の、連絡先とか、もしかして、聞いてないとか……。」
「も、いいです。仕事します。私、何かバカみたい。」
 ユキヤ君は、びっくりした。ぼんやりした所のある女だとは思っていたが、これほどだとは。
「桃子さん、ダメです。病院行ってください。」
「イヤだ。仕事する。私は病院が、大キライなのよ。ほらほら見て、スキップ、スキップ。」
「だ、だめ…やめてください、分かったから。う〜ん、本当に、大丈夫、なのかなあ…?」
「ユキヤ君も、早く、仕事してくださいね。」
「う〜ん、ちょっと、席はずします。」
 宮宮さんに、相談しよう……ユキヤ君は、直属の上司である、宮宮氏のところへ相談に行った。ユキヤ君は、人材派遣 ミヤミヤ・エージェンシーの、社員7名の中の一人である。
 ちなみに桃子さんは、工場を全轄している七星電機のパートタイム職員であり、三階建の工場の、主に二階で作業をしている。
 ちょうど休憩時間だったので、宮宮氏は喫煙室で、たばこをふかしていた。
「宮宮さん、一本分けてください。」
「ユキヤ君に頼まれたら、しょうがないなあ。ハイ。」
「あ、ありがとうございます。宮宮さん、桃子さん、今日、通勤途中に、車とぶつかったらしいんですけど、病院行かないで、仕事してるんですよ。
体が傾いてるんだけど、むりやりスキップとかしてるんです。なんだか心配で……。」
「桃ちゃん、ほんま天然やね。けど、大人やねんから、本人がいいってゆってんやったら、いいんとちゃう。ちょ、オレ、様子みてくるわ。ユキヤ君、ゆっくりしとき。」
 宮宮さんは、行ってしまった。
 たばこをふかしながら、桃子さんて、いくつなのかなあ、などと、ユキヤ君は、考えていた。

「桃ちゃん、車にぶつかったんやて。大丈夫か?」
 宮宮さんが、桃子さんに尋ねた。
「大丈夫です。ちょっと痛かったけど、もう治りました。」
「頭とかぶつけてないか?頭はこわいで。」
「ちょっと足をくじいただけ。心配かけて、すみません。」
「ホンマやで。まあ、大事無かったんなら良かったけど。自転車乗って、帰れるか?ムリせんときや。」
「宮宮さん。あの…あの…私ちょっとバカなのかしら。なんだか、足が、痛くなってきたみたい……。」
「桃ちゃん、やっぱり、病院行った方がええで。何で、相手の車で病院つれて行ってもらえへんかったん。当て逃げか?」
「違います。赤ちゃんつれてた、若い女の子だったから……。早く出勤したかったし。でもやっぱり病院行ってきます。迷惑かけて、すみません。」
「そんなんええよ。気ィつけていきや。歩けるか?」
「大丈夫です……。」

 次の日、ユキヤ君は、桃子さんの足が全治するまで、二週間ほど欠勤することを、宮宮さんから聞かされた。
「桃ちゃん、骨にヒビ入ってたんやて。アホやなあ。痛かったやろなあ……。二週間も来ぇへんて、オレむっちゃテンション下がるわ。」
「宮宮さんて、桃子さんの事、気に入ってたんですか。」
「あたりまえやん。三階で解体作業してたんを、宮宮エリアに引っぱってきたん、オレやで。」
 わざわざ引っぱってくるほどの人材か?とユキヤ君は、不思議に思った。とろいし、すぐに機嫌が悪くなるし、ちょっと、変わってるし、……真面目で、おもしろい、女だけど。
「オレ、ああゆう人、好きやねん。何か見てて、なごむんよ。一生懸命仕事するし。」
「……そうですね。宮宮さん、桃子さんにホレたら、ダメですよ。奥さんいるんだから。」
「ユキヤ君は、どうなのよ。桃ちゃんて、どうよ。」
 うーん、どうなんだろう。
「嫌いじゃ、ないですよ。真面目な人だし。」
「その言い方、かっこいいな。ユキヤ君、日奈さんとうまくいってるの。」
「おとつい、別れました。フラレたんです。」
「ええっ、その話、くわしく聞かせて。」
「イヤです。オレちょっと、材料もらってきます。」

 昼休み、ユキヤ君は、宮宮さんに、つかまった。
「ユキヤ君、いっしょに食べよ。ユキヤ君、また神戸屋のパンかいな。たまには米のメシを食わなあかんで。オレなんか、ホラ、愛妻弁当。おぉ、今日もむっちゃ美味そうやんけ。ハハハ、ユキヤ君、うらやましいか?」
「……うらやましいです。」
「ユキヤ君は、素直でホンマ、カワイイなあ。ほら、おにぎりと卵焼き、分けてあげよ。」
「ありがとございます。あ、うま。宮宮さんとこ、ラブラブなんすね…。」
「ユキヤ君、男は、フラれてなんぼの、一人前よ。そうか、日奈さん、別の男と結婚するんか。しゃあないなあ……。
 オレも今の奥さんと、結婚するまで、いろんな美人にいっぱいフラれてきたもんや。ユキヤ君も、大人になって、もっといい女、つかまえるんやね。がんばりいな。」
 日奈よりいい女……あ、考えられない。
「宮宮さん、オレ、仕事に集中します。バリバリ働きます。」
「う〜ん。それは、嬉しいねんけど……。」
 そんで、フラれたんとちゃうんか。宮宮さんは、そう思ったが、黙っていた。単細胞な、ユキヤ君は、ミヤミヤ・エージェンシーの、エースなのである。バリバリ働いてもらえないと、会社がころぶのだ。
 ほんまにこの子は、大当たりやったね。オレって、さすがの、運の良さやね。
 宮宮氏は、ユキヤ君の、高校時代の友人の、お兄さんである。自分の会社を立ち上げた時、だめもとでフリーターのユキヤ君を、くどき落としたのだが、こんなにできる子だとは、正直意外であった。
(ユキヤ君は、オレの、ラッキーボーイや。ユキヤ君来てから、急にツキだしたたしな。こわ。オレ、ユキヤ君の良い運を、すいとってるんちゃうやろか。)
 宮宮さんは、ツキにこだわる人なのである。
「ユキヤ君、エビフライも、1コあげる。」
「あ、ありがとございます。」
 ユキヤ君は、美味しそうに、エビフライを食べている。この子は大事にしとかなあかん、と、宮宮さんは、考えていた。
                             (おわり)


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