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小説『2005年秋 ユキヤ』第一話

「ユキヤ君の仕事」

 ユキヤ君は、一日13時間、土曜日のお休みもたいてい返上して、仕事をする。通信機械の修理工場で働いているのである。
 ユキヤ君の住んでいる海辺の街から、片道2時間かけて、ユキヤ君は、工場にやってくる。
 桃子さんは、夜だけその工場で、アルバイトしている。
 桃子さんは、ユキヤ君の顔が、炊きたての新米ごはんのように、ピカピカと美しいことが、いつも、不思議なのである。
(何の魔法を…)とまで、考えてしまう時がある。あんまり不思議なので、桃子さんは、素直にユキヤ君に、尋ねてみることにした。
「ユキヤ君の顔は、なんでいつも、そんなにきれいなんですか。」
「え……。べつに、普通です。ええっ?」
 ユキヤ君は、てれて赤くなる。色の白いユキヤ君が、てれて赤くなると、かわいらしさが倍増する。
「ブリッコ…。」桃子さんは、なんだかムカついてきた。桃子さんは、結構ひねくれ者なのである。
「私、ここのネジ全部、しめときますから、ユキヤ君、向こうに積んでるケータイ、全部NGなんで、なんとかしてください。」
 ペーぺーの、パートタイムのバイトのくせに、なぜか桃子さんは、いばってしまう。
 ユキヤ君が、色々に、失敗された、ケイタイ共を、全部どうにか仕上げて、桃子さんの所へやってきた。

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 二人は、RARARAケータイの修理全般(桃子さんは、簡単なところ)の仕事をしている。
 夜になってくると、だだっ広いエリアにたくさん並んだ机や検査機械の中で、作業している人がだんだん少なくなる。
 先月まで、桃子さんは、多くの机が並んだ、ほこりの入らないクリーンルームを、一人で使っていた。終業まで仕事をするパートタイムの人が、他にいなかったということもある。今月、ものすごく器用な高校生の男の子が、夕方からのアルバイトに入ってきたので、桃子さんは、その白い部屋を出て仕事をすることが多くなった。
 ユキヤ君は、桃子さんの机の後ろの机に、背中合わせに座り、やりかけの仕事をどんどん片づけていった。今日中に終わらせなければ、やりかけの仕事が増えて収拾がつかなくなる。でも今日も、何とかキリ良く終わりそう……。ユキヤ君は、少しホッとした。桃子さんに、声をかける。
「あの……。桃子さんの方が、キレイだと思うけど。」
 こんなことを言われて、またまた桃子さんの機嫌が悪くなる。
「ああら、ユキヤ君みたいな人に、そんな事言われるなんて、とっても嬉しいです…。💢 あ、私の仕事、無くなってるやん!(怒)」
「もうすぐ、10時になるから。僕が、やっときました。桃子さん、帰らないと。」
「あ〜り〜が〜とう、ございます!!ユキヤ君って、どうなってんの?若いから? どこかの魔法使いに、弱みでも、握られてるとか…。」
「(何言ってんだか?)わかんないです。」
「例えて言ってるんです。ユキヤ君、ヘビースモーカーだし、アルコール好きだし、睡眠時間、少ないでしょう?何でそんなにピチピチしてるんですか?」
「え、わかんないです。僕、身体丈夫やから。でも、アルコール飲まないと、眠れないし、昨日は寒かったです、桃子さん。」
 もしかして、桃子さんは、僕の事が好きなのか?と思いながら、ユキヤ君は甘えた事を言う。女の人に、気に入られようとするのが、くせになっているのである。
 何てかわいらしいのだ、と思ってしまった桃子さんは、負けるもんか、とがんばった。
「彼女に暖めてもらえば、いいじゃない。」
 桃子さんは、ユキヤ君に彼女がいる事を知っている。フリーター時代に、小料理屋のバイトをしている時に、知り合ったのだという。ユキヤ君本人から、聞いたのである。
「ムリに決まってる。」キッパリと、ユキヤ君が言う。なんだかこわくなって、桃子さんは、それ以上、つっこむのをやめた。
「お疲れ様です。帰ります。また、明日…。」
「あ、また、明日。」
 僕も帰る、とユキヤ君は思った。
(オレ、何かヤバい事、言ったか?)
 仕事が終わると、ユキヤ君の一人称は、僕からオレに、変わる。私服に着替えながら、桃子さんの事を、考える。何を考えているのだか、良くわからないけど、オレの顔に興味を持って、何か不思議がっている。天然だと思っていたけど、もっと、めんどくさい女なのかも……。ユキヤ君は、みもふたも無い事を、考える。心の中で思うだけなので、別に問題無いのである。
ユキヤ君は、この仕事を始めてから、自分でも以外な事に、気がついた。
まさか、こんな単純作業がオレに合っていたとは!

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 ユキヤ君は、少年時代から、サッカー選手を目指していたのである。 見た目も、性格も、運動神経もハナマルなので、当然女の子には、モテまくってきた。 学校の成績は、あまり良くなかったが、頭も悪くはない。それは、ユキヤ君にも、いっぱい欠点はある。「ハングリーさに、いまいち欠けてるのかも。」などと、恋人の日奈は言う。たしかに。 サッカーを、ドロップアウトしてから、どこを目指して良いのかわからないうちに、こんな地味な仕事にはまってしまった。でも、ユキヤ君は、悩んだりしない。真面目に一生懸命働いていると、その先、だんだん未来は良くなってゆくのだ、と思いこんでいる。毎晩、アルコールを飲まないと、眠れない、などと言っているが、缶ビールを2本ばかし、飲んでいるうちに、眠ってしまうので、かわいらしいものである。作者は、どうも、ユキヤ君の事を、愛しすぎているようである。以後、気をつけることにする。                            
                             (つづく)
                        illustrated by 荒神咲夜


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